中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

脳で味を感じる仕組みをまねた人工の脂質膜

当時、電気情報工学分野の研究室で人工膜の研究を専門にしていた都甲先生が味のモノサシの開発にあたって着目したのは、舌が味を感じるときの細胞の応答性だった。
「私たちの舌の表面には、約1万個の味蕾(みらい)という文字通り『花のつぼみ』のような形をした器官があり、味細胞が集まっています。味細胞は生体膜という膜で覆われていて、食品に含まれている化学物質が水に溶けて味細胞にくっつくと、電圧を発生し、その電圧の変化が神経を通じて脳に伝わり、酸味・苦味・甘味・塩味・うま味などの味を感じ取っているわけですね。この生体膜が電位差を感じ取る仕組みを、人工の膜で模倣しようというわけです」

味細胞を覆う生体膜の表面には、脂質分子が2層に並んでおり、間にタンパク質が埋まっている。それと同様に、味覚センサーでは、塩化ビニルの中空棒に細胞内液の代わりとなる塩化カリウム溶液と銀線を入れ、孔の部分に、高分子と脂質をブレンドした脂質膜を貼り付け、味覚の受容部とした。この脂質膜が化学物質に触れたときに生じる電位差の情報がケーブルを伝ってコンピュータで表示される仕組みである。
「脂質などの配合を変え、特性の異なる脂質膜をつけた味覚センサーを8本用意し、飲み物や、ミキサーで液状化させた食べ物につけ、それぞれの応答パターンを読み取るわけです」

脂質膜の膜電位を検知する味覚センサー

脂質膜の膜電位を検知する味覚センサー

味覚センサーの仕組み

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(都甲研究室のホームページより)

しかし初期の味覚センサーの脂質膜は必ずしも酸味なら酸味だけに応答するわけでなく、ほかの味にも多少は応答するファジーなものだった。このため、複数の脂質膜の出力パターンを解釈する必要があり、データ解析の専門知識が求められた。

素人でも数値だけを見て味を評価できるセンサーにできないか。そんなときに出会ったのが、都甲先生の研究に興味を持った現インテリジェントセンサーテクノロジー社の池崎秀和氏だった。
「もっと分かりやすいアウトプットとするために、1990年から池崎さんと共同研究を進めました。私たちが目指したのは、甘味なら甘味、酸味なら酸味と5種類の味それぞれに選択的に反応するセンサーとすること。試行錯誤の末、脂質膜中の脂質と配合する可塑剤の割合を調整することで、電荷と親水性/疎水性のバランスを工夫し、5つの基本味のそれぞれに対応させることができるようになりました。最新型のセンサーではさらに、食べ物を飲み込んだ後に残る『後味』の計測もできるようになっています」

ちなみに、話題になった「プリンに醤油でウニの味」を検証してみると、各味質の数値を結んだ図形は非常によく似た形をしている。(ここでは軸にコクを入れている。コクは、うま味や苦味などが組み合わさった後味だ)。また、コーンスープと牛乳+たくあんの結果もこの通り。もともとの食品の味と比べるとその違いに驚いてしまう。

「プリン+醤油」とウニの味のそっくり度

「プリン+醤油」とウニの味のそっくり度

「牛乳+たくあん」とコーンスープの味のそっくり度

「牛乳+たくあん」とコーンスープの味のそっくり度
もともとの味がこんなに違うのに、混ぜるとコーンスープにソックリだなんて驚きだ!

もともとの味

もともとの味

味覚センサーの選択性が向上し、コーヒーやお茶を飲んだ後に残る苦味や渋味も測れるようになったことから、企業の商品開発などにも用途が広がっていった。たとえば四国にある鰹節メーカーでは、この味覚センサーを使ってトビウオ(アゴ)の削り節を開発、また、現在大手航空会社が機内で提供しているコーヒーの開発にも一役買っている。
「コーヒーはその年によってコーヒー豆の出来が違うため、数種類をブレンドして味を調えるのですが、品質を一定に保つことが難しい食品です。味覚センサーを使ってコーヒーの数値を出しておき、同じ数値が出るようにブレンドすれば、一定の品質のコーヒーを提供できるわけです」

しかし、現在の味覚センサーはまだ発展途上なのだと先生は語っている。
「現在の課題は3つあります。1つ目は、甘味センサーが塩味、渋味にも応答してしまうこと。より選択性を高めていきたい。2つ目が新しく人工的につくられた最近の医薬品の苦味に応答しないこと。3つ目が、痛覚である辛味に応答しないことです。こうした課題について、私の研究室を中心にさらに改善を図っているところです」

人工の脂質膜。より精度の高い配合を求めて研究中

人工の脂質膜。
より精度の高い配合を求めて研究中

試験溶液に入れてデータを取る

試験溶液に入れてデータを取る

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