中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

Never Give Up!

味覚センサーを開発した都甲先生は、大学では電気情報工学を専攻した。
「高校生のときは哲学科が希望でした。でも哲学科を出てもメシが食えそうもない。そこで自分で言うのもなんですが、数学はできたから工学部に入ることにしたんです。でも工学部は、たとえばオームの法則をどう組み合わせて応用するかという“HOW”の世界です。私が好きなのは、なぜ人は生きているのかとか、“WHY”を考える世界。だからどうしてもなじめないわけ。
そこで、工学部の中でも、オームの法則が成立するのはなぜかを探究する電子物性という分野の研究室に入りました。工学部の中でもいちばん哲学に近いんじゃないかというわけですね(笑)」

この研究室を率いていたのが超伝導の権威の山藤馨教授だが、山藤先生は「これからは生体の時代だ」と宣言し、都甲先生は大学院時代、生体に関連するデバイスの研究を進めることになった。
「もともと人間とは何かに興味を持っていたので、生物、バイオテクノロジーにも興味がありました。そこで生物と電子物性の両方に関わるものは何かと探していたら、膜の内外で電流が流れ、電圧が発生する生体膜があったんです。これだ、これなら私の領域で研究活動ができる!と研究に没頭しましたが、4年間論文が出ませんでしたねぇ」
しかし、このときの試行錯誤が、のちに味覚センサーに結実していくのである。
「生体膜の研究を続けていくと、なんとなく生物っぽく、物性っぽいのだけれど、それでもまだ、理学っぽくて、哲学っぽくはなかった(笑)。私のそうした思いを満たしてくれるのが味覚だったんです。味覚は食文化や民族性などにも関係してきて、理学的でもあり、人間的でもある研究分野なのです」

このように人間と関係するWHYを探究し続けたいという都甲先生のこれからの研究目標は、嗅覚、触覚、視覚、聴覚、味覚の五感を合わせた「五感融合バイオセンサー」の開発だそうだ。
「五感総合センサーができれば、センサーで得た情報を総動員して、味覚センサーでは計測できなかった『おいしい』『おいしくない』など、よりいっそう主観的な味について計測できるのではないかと期待しているんです。こうして計測した数値をデータ化すれば、伝統的な味やおふくろの味を後世に残す、楽譜ならぬ『食譜』ができるのではないでしょうか」

こうした高度な味覚センサーを持ってさまざまな国、民族の食を調べていけば、各民族の食の好みなどをより計量的に分析できるようになるかもしれない。それが新しい食の文化人類学に結びついていくとしたら、都甲先生の「理学と人間に関係する研究」の実現にも結びつくかもしれない。

最後に、中高校生へのメッセージをお願いすると、楽しいたとえ話を聞かせてくれた。
「昔、奈良、平安時代の頃、あるところに祈祷師がいました。あまり雨が降らないので、村人がその祈祷師に雨乞いの祈祷をしてくれるように頼んだのです。祈祷師は、木をやぐらに組んで、それに火をつけ祈り続けました。しかしなかなか雨は降りません。それでも祈祷師は雨乞いの祈りを続けたところ、ついに雨が降ってきました。どうしてでしょう。
エンジニアなら『火を燃やしたおかげで、空気中に灰の粒子がまじり、それが触媒となって水滴が生まれ、雨が降った』と解説するでしょう。科学的にはたしかに正しい。でも、私ならこう言います。『いつかは必ず雨が降る。雨が降るまで祈ることが大切なんだ。Never Give Up!』と(笑)」

(2013年11月6日取材)

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