中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

GnRH3ニューロンがメダカの恋心を左右する

変異体の行動異常は生殖細胞の減少によるものではないと結論付けた奥山先生は、次に性行動しているとき、メスの脳の神経がどのように興奮しているのか、そのパターンを調べることにした。
「すると、配偶相手をずっと見ていて、受け入れやすくなっているメスの脳のGnRH3というニューロンの神経活動が活発になることが分かりました。一方、見知らぬオスの求愛をすぐに受け入れてしまうメスのメダカの神経細胞では、このGnRH3ニューロンに形態的な異常があったのです」

GnRH3ニューロンというのは、脳内に広く軸索を延ばしてGnRH3ペプチドを放出することによって脳機能を調節する神経細胞だ。そしてこのGnRH3ニューロンの研究を長年続けてきたのが東京大学生体情報学研究室の岡良隆教授で、岡先生も二人の実験データを見て、「GnRH3ニューロンが関係している可能性が高い」と、後押しをしてくれた。

メダカのメスの異常行動にGnRH3ニューロンが関係しているかどうかを調べるには、このニューロンを潰したときに、メスの行動に異常がみられるかどうかで分かる。
「GnRH3ニューロンを潰すにはどういう方法がいいか竹内先生に相談したんです。竹内先生は研究者のネットワークが広く、このときも、『奥山がGnRH3ニューロンを潰す方法を探しているが、誰か良い方法を教えてくれませんか』とあたってくれました」
すると、基礎生物学研究所の亀井保博特任准教授が、赤外線レーザーの熱ショックで遺伝子発現を制御する新しい技術を開発していること分かった。
「私と奥山先生は、亀井先生がその装置のセットアップをしている産業技術総合研究所にまるで遠足でもするかのように通ったんです(笑)。奥山先生がそこに1週間泊まり込んでニューロンを潰す作業をして、それから東大に帰ってくるという生活でしたね」
と、竹内先生はその当時の様子を話してくれた。

実験を重ね、GnRH3ニューロンを潰されたメスのメダカは、見知らぬオスの求愛をすぐに受け入れることが実証できた。一方、特定のオスが長い時間そばにいるときは、メスの脳のGnRH3ニューロンの神経活動が活発になることも確認された。さらにGnRH3ニューロンから放出されるGnRH3ペプチドが働かないように変異を起こさせたところ、メスは見知らぬオスの求愛はもとより、そばにいた親密なオスの求愛も受け入れなくなってしまった。
つまり、GnRH3ニューロンは、通常は見知らぬオスのプロポーズを抑制する働きがあるが、視認によって神経活動が活性化すると、そばにいたオスを性的なパートナーとして受け入れるためのスイッチが入ると推定できたのである。

配偶の相手を視覚的な認識した結果、GnRH3ペプチドの放出が促進され、GnRH3ニューロン活動が活発化し、オスの好みを抑制している機構がオフになる(=恋心のスイッチがオンになる)

配偶の相手を視覚的な認識した結果、GnRH3ペプチドの放出が促進され、GnRH3ニューロン活動が活発化し、オスの好みを抑制している機構がオフになる(=恋心のスイッチがオンになる)

このGnRH3ペプチドの変異体を作る作業は、運が必要だった。ゲノムにランダムに変異の入った6000匹のメダカの中から、 10アミノ残基のGnRH3ペプチドの領域に変異が入っているメダカを選び出すという実験だった。もちろん、6000匹の変異メダカたちの中にそんなメダカが存在していない可能性もあった。幸運の結果、一番大切なアミノ酸の一つが変異しているメダカを見つけたとき、奥山先生は、喜びのあまり竹内先生に電話をし、「竹内先生、やりましたよ!」と叫んだところ、ちょうど竹内先生にも娘さんが生まれた瞬間で、「娘が生まれた! 娘が生まれた!」と、これまた興奮して叫んだという。共同研究者ならではのなんとも微笑ましいエピソードだ。

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