中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

抗生物質が効かない疾患を糞便移植で大きく改善

2013年1月、米国の有名な医学誌『ザ・ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に、ある論文が掲載された。オランダ・アムステルダム大学のニードロップ医師が、健康な人の糞便を腸内に移植する「糞便移植」で、「クロストリジウム・ディフィシル感染症」という抗生物質の効かない腸炎の症状を大きく改善させたというのだ。

「クロストリジウム・ディフィシル感染症は、まだ日本では症例はそれほど多くはありませんが、欧米を中心に患者が増えており、とくに米国では年間50万人が発症し、5万人が亡くなっています。下痢・腹痛・発熱などの症状が現れ、悪化すると敗血症などの合併症を引き起こし死に至ります。アメリカではこの治療費になんと5000億円もかかっているのです」

この病気を引き起こすクロストリジウム・ディフィシルという腸内細菌は、ふだんはそんな悪さをしない日和見菌だが、感染病治療のために抗生物質を使いすぎて、善玉菌も悪玉菌も含めて腸内細菌が減ってしまうと、ガゼンのさばってきて、毒素を出して下痢を引き起こすのだ。ことに免疫機能が低下したお年寄りや病人などは、重症化してしまうという。
当然、この病気に対する新規抗菌薬も開発されたが、そもそも抗生物質の使い過ぎがクロストリジウム・ディフィシル感染症の原因だから、抗生物質による治療には限界があり、根治は難しいとされてきた。

「こうして手の施しようのなくなった患者さんをなんとかして治したいと考えたニードロップが実施したのが、糞便移植でした。抗生物質によって“焼野原”のようになっている腸内環境を、健康の人の便に含まれている正常な腸内細菌を外部から注入して、元通りのお花畑にしようというものです」

その結果は驚くべき効果だった。論文によると、再発性クロストリジウム・ディフィシルを発症した患者に対する臨床試験で、抗生物質による治療効果が13人中7人だったのに対し、糞便移植の場合は、16人中15人が短期間で症状が大きく改善したのだという。

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