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第24回 糞便移植で、腸の難病が治る!?~慶應義塾大学医学部 消化器内科 金井隆典教授を訪ねて~

2014年3月、慶應義塾大学病院で健康な人の便を潰瘍性大腸炎の患者に移植する、日本初の臨床試験が行われた。便には腸内細菌が豊富に含まれていて、免疫力など、腸内細菌パワーの衰えた患者さんの症状を改善してくれる可能性があるのだという。早くから糞便移植の可能性に注目してきた同病院・消化器内科の金井隆典教授にお話をうかがった。

古代中国でも治療に使い、動物たちも知っていた糞便効果

研究室を訪ねると、金井先生は開口一番、糞便移植そのものは新しい治療法ではなく、昔から行われてきた治療法なのだと教えてくれた。
「4世紀に、中国の学者が食中毒で急性の下痢症状を起こした患者に、健康人の便を投与したという記録が残っています。さらに16世紀には、やはり食中毒の患者に『イエロースープ』を投与したということもわかっています」

また動物界でも、糞便を食べて健康維持に役立てることは当たり前のように行われているという。
「たとえば、コアラは硬いユーカリの葉を食べますね。実はユーカリには有毒なタンニンが含まれているんですが、大人のコアラは体内にタンニンを分解する酵素を含んだ腸内細菌を持っています。しかし、コアラの赤ちゃんにはその腸内細菌がいない。そこで赤ちゃんコアラが離乳期を迎えると、母コアラは自分の糞を赤ちゃんコアラに与えて腸内細菌を赤ちゃんのおなかに入れ、ユーカリを食べられるようにしてやるわけなんです」

コアラに限らず、マウス、ラット、ウサギ、サイ、ゾウなど、動物界には糞を食べる習性を持ったものがたくさんいる。ウサギの糞というとコロコロして丸いものを思い浮かべるが、それだけでなく、クリーム状の軟便もある。ウサギはこの軟便を肛門から自分で直接食べることによって、腸内細菌がつくりだしたビタミンKなどの栄養素や腸内細菌を補給しているのだ。

こうしてみてくると、便には大きな力があるに違いない。
「私たちの便は水分が80%、残りの固形部分が20%で、その固形分のうち、約3分の1を占めているのが腸内細菌です。腸内細菌は同じ種類の細菌が群生して、まるでお花畑のように生息していることから『腸内フローラ』とも呼ばれています。これらの細菌は小腸から大腸にかけて、種類ごとに住みやすいところに住んでいて、その数は100兆個とも1000兆個とも言われています。ヒトの細胞は60兆個と考えられますから、細胞数よりはるかに多い細菌が腸内に生きているわけですね。最近の研究によって、バランスのとれた腸内細菌叢が腸管の免疫を活性化し、私たちの健康維持を実現していることがわかってきています」

金井 隆典
金井 隆典(かない・たかのり)慶應義塾大学医学部消化器内科教授

1986 年 慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学医学部助手、清水市立総合病院内科医員、同医長を経て、1995年ハーバード大学 Beth Israel Medical Center, Division of Viral Pathogenesis 留学。帰国後、慶應がんセンター内科助手、東京医科歯科大学医学部附属病院での助手、講師を経て2008 年 慶應義塾大学医学部内科学准教授、2013年より現職。 専門は、腸管免疫難病の病態解明と治療法の開発。

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