中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

生化学で習ったことを人工生命体で再現したい

ヒトiPS細胞由来の肝細胞を使い、B型肝炎ウイルスを検知するシステムを開発した。写真は、ヒトiPS細胞由来の肝細胞と内皮細胞ネットワークによる肝組織

ヒトiPS細胞由来の肝細胞を使い、B型肝炎ウイルスを検知するシステムを開発した。
写真は、ヒトiPS細胞由来の肝細胞と内皮細胞ネットワークによる肝組織

先生は今後このシステムを一つのチップに埋め込み、薬の効能や毒性などを確かめる動物実験や臨床試験の代替システムとしたいと考えている。
「今は1個のvHELPを連結しているだけですが、将来的には一度に大量のvHELPをつなぎ、ハイスループットのスクリーニングができるようになるでしょう。マウスのES細胞からシステムをつくれば、マウスを使った動物実験のかわりになります。また日本人のES細胞やiPS細胞を使ってこうしたシステムをつくり、代謝や薬の毒性などをチェックすることで、日本人の体質に合った薬剤の開発にも役立つはずです」
さらにヒトiPS細胞からB型肝炎ウイルスに感染したモデルも開発した。それ以外にも、遺伝子疾患などがある人の病態モデルが樹立できれば、創薬に大きく貢献できるはずだ。

「もっとも課題はまだたくさんあります。一つには現在このシステムの中で肝臓が生きているのは約1カ月だということ。肝細胞が増えてチップの中がいっぱいになってしまい自滅してしまうからですが、マウスと同じように2年ぐらい生きるよう改良していきたいですね」

田川先生がめざす最小哺乳類人工生命体の進化形イメージ

田川先生がめざす最小哺乳類人工生命体の進化形イメージ

田川先生の夢はさらに広がる。将来は、心臓、肝臓、膵臓のほかに、神経も備えた人工生命体をつくってみたいという。
「頭脳を持ったシステムにしたいということではなく、神経はアンモニア毒素に対して敏感なので、どんな神経でもいいから神経毒性試験のできるシステムを構築し、生化学で習ったことを人工生命体のモデルを使って再現してみたいのです」

こうした研究が進んでいけば再生医療や創薬など応用範囲は数多いのだが、先生の興味はあくまでも少しでもホンモノに近い人工生命体をつくることにある。
「私の目標は、いつか生命倫理の研究者から『その研究待った!これ以上進むと生命倫理が危うくなる』とストップがかかるレベルにまで持っていくことなんです」。
そう笑いながら語る田川先生の出身は工学部。工学部でES細胞やiPS細胞を使って組織を培養する研究を進めているのはちょっと意外な気もするが、先生の中では地続きだ。

もともと生きものが小さいときから大好きで、東大工学部に入学してmRNAの第一人者のラボに入り、大腸菌の遺伝子組換の研究に取り組む。哺乳類ならもっとおもしろいはずと、ノックアウトマウスづくり、そしてES細胞へと研究を進めることになる。研究の対象は変わっていったが、ずっと生命の不思議に魅了されてきた。2003年には「月刊むし」に新種のカブトムシのオスを発見したという論文を発表したこともあるとのこと。

生きものが大好きなだけに、複数の細胞や組織が関係しあってつくり上げられた生命というシステムの素晴らしさに迫る人工生命研究の奥深さに、尽きることのない興味を覚えているのだ。
「人工生命体の研究は、生命とは何かを問い続けることなのです」

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