中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

光応答性タンパク質を遺伝子に導入し、細胞の機能をオンオフ

生命科学の最後のフロンティアとされる脳研究。分子生物学の進展によって神経細胞のどこにどんな分子が存在するのか、分子がどんな機能を持っているのかが次第に明らかになってきた。また多様な画像法や蛍光タンパク質などが開発され、人の脳活動を視覚化する技術も進んできた。
しかし、多くの脳科学者たちが望む「細胞の働きを自在にコントロールしたい」という夢を実現するには、いまだ大きな壁があった。たとえば人の脳に電極をさして電気を流す方法では、人の身体に大きな負担をかけるうえ、電気が広がってしまうため、ある特定の細胞だけを刺激することができないという問題があった。また薬品による方法では、その薬剤がいつどの細胞に効いたかなどを確定することは難しかった。そこで、神経科学者たちが目をつけたのが、光に応答するタンパク質だった。

「あらゆる生物には、光を受容するしくみが備わっています。ヒトの場合は網膜にある視細胞が光を感じてモノが見えます。植物の場合は、水を分解して酸素を発生させ、二酸化炭素を有機物に変える光合成や、光の方向に曲がる光屈性などのしくみがあります。また葉緑体をもつ藻の仲間のクラミドモナスは、光の方向に向かって泳ぎます(走光性)。こうした光を受容して生命の機能を司る光応答性タンパク質を利用しようというわけです」

クラミドモナス

クラミドモナス

とはいってもことはそれほど簡単ではなかった。微生物の光応答性タンパク質の存在は知られていたものの、それは微生物学の世界の話にすぎなかった。転機となったのが、21世紀初頭にドイツのペーター・ヘーゲマンらがクラミドモナスの走光性にかかわる光応答性タンパク質(チャネルロドプシン)が、光によって陽イオンチャネルとして働くことを明らかにしたことだ。クラミドモナスの全ゲノムの中からロドプシンの配列を探し出し、その遺伝子をカエルの卵に導入したところ、イオンチャネルが開いたのである。イオンチャネルというのは神経細胞など細胞の膜にあるイオンを通す穴で、イオンは電荷を持っているから、イオンの濃度の違いによって電流が流れる。つまりクラミドモナスから得られるチャネルロドプシンによって、光を電気に変換することができるのだ!

「光を電気に変換するというのは、工学的にいうとデジカメの撮影素子のようなものです。昔のモノクロ写真は、銀に光が当たると黒くなる原理を応用したものですが、デジカメは光が当たると電気が流れる半導体を利用します。たとえば4万画素のデジカメだったら、タテ200×ヨコ200 の格子状に並んだ一つずつのユニットに光が当たると、それを電気信号に変え、画素単位の情報が集まって一枚の画像情報を構成するわけです。デジカメの撮影素子と同様、チャネルロドプシンという光電変換デバイスを利用すれば、神経細胞を動かすことができるだろうと世界の研究者が取り組みはじめたのがちょうど今から10年ほど前ですね」

米国スタンフォード大学のカール・ダイセロス教授が最初の論文を出したのが2005年、同じころ日本でも八尾研究室が遺伝子工学的手法でチャネルロドプシン2をマウスの海馬の神経細胞に発現させ、青色LEDを照射することで、LEDの電気パルスに同期した活動が神経細胞に引き起こされることを確認したのだ。
「光で細胞の機能のスイッチのオンオフができる画期的な方法が誕生したわけです。この技術のメリットの第一は、生きたままの動物を使って、時間的にミリ秒単位で、目的の細胞の機能を制御できること。空間解像度もきわめて高く、たとえば複雑なネットワークを形成している神経細胞についても、どこのどの細胞、あるいは特定のシナプスのつなぎ目をねらうなどというように高精度の操作ができる。からだにダメージを与えることなく、神経細胞の脳機能に果たす役割を解析できるのです」

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