中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

光による視覚再建や筋肉再生の研究も

チャネルドロプシンを用いて、記憶や神経科学研究で画期的な成果が次々と出ていることは冒頭で紹介した通りだが、それ以外にも多様な研究が始まっている。

八尾研究室が岩手大学の冨田浩史教授と2010年から5年間の共同プロジェクトとして進めてきたのが、視覚再建研究だ。
私たちの眼は網膜にある視細胞で光を感知し、視細胞から神経節細胞に伝えられ、そこから脳に情報が送られてものが見える。しかし網膜色素変性症は、網膜の中の視覚機能を司っている視細胞が徐々に変性して光を感知できなくなり失明に至る病気だ。現状では、一度失明してしまうと、視覚を回復する治療法はない。

「私たちは、光を受容する視細胞が障害によって変性して機能失っても、チャネルロドプシンを神経節細胞で発現させ神経節細胞に光を受けとる機能を付加してやれば、ものが見えるようになるのではないかと考えました」
チャネルロドプシン2では青色の物体しか見ることができなかったが、冨田教授らは2014年5月に、緑藻類のボルボックスの光応答性タンパク質を改変し、失明したラットの網膜細胞に導入することによって青~赤までの可視光を感知することに成功したという。近い将来、臨床応用の道が開けると八尾先生は見ている。

また八尾研究室のごく最近の研究で注目されているのが「光で筋肉を再生する」というものだ。もともとは光で動く筋肉をつくろうという研究からスタート。それを発展させて、細胞の分化を光で操作して、収縮能力をもった骨格筋細胞に成熟することに成功したというのだ。
「未分化な細胞が分化してある機能をもつ細胞へと成熟するためには、分化誘導因子の作用だけでは説明できない現象であることが知られています。たとえば神経細胞が成熟するには、他の神経細胞から電気信号を受け取る必要がありますし、筋肉が収縮するには、電気的な刺激によって細胞を機械的に伸び縮みさせるなどの物理的な刺激が必要です。そこで筋肉のもとである筋芽細胞に、私たちが開発したチャネルロドプシンを改変した『チャネルロドプシングリーンレシーバー(ChRGR)』を組み込み、培養中の筋芽細胞に継続的に光照射を行い、光刺激に応じて収縮する骨格筋細胞へと成熟させることができました」

クラミドモナス

光照射を与えた細胞では細胞内にある収縮の最小構成単位であり縞模様構造が特徴的な「サルコメア構造」の発達が促進される。またこのように発達した筋細胞が、光刺激に応答して収縮することもわかった。その効果はChRGRを発現する細胞のみに特異的なものという。
(左)トレーニング前の未熟な細胞、
(右)トレーニング後の収縮構造(サルコメア)が構築された細胞
(緑:ChRGR、マゼンタ:サルコメア)
図版提供:浅野豪文 東京医科歯科大学 細胞生物学分野助教

この研究は将来、どんな応用が期待できるのだろう。たとえば、ALS(筋委縮性側索硬化症)は、脳や末梢神経からの命令を筋肉に伝える運動神経細胞が侵されることによって起きる病気で、筋肉がやせ細って徐々に体を動かすことができなくなる難病だ。
「このALSは筋肉の病気ではないんですね。運動神経が死んでいくことによって起きますが、いまだに効果的な治療法は見つかっていません。でも今回の研究によって、ChRGRがあれば、筋肉を収縮する信号を与えることや、筋肉を再生・維持することができることがわかりました。つまり、光が運動神経の機能を代替できるわけです。将来的に極度の筋力低下による難病の患者さんの新たな治療法となる可能性があります」

今後は、患者さん自身の細胞からつくられたiPS細胞や、私たちの身体の中にある多能性幹細胞であるミューズ細胞などから得られた筋芽細胞を使って、オプトジェネティクスの技術によって筋肉をつくる研究を進めていきたいという。

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