公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

分子モーターの輸送力を「ゆらぎ」から調べる

分子モーターの輸送力を測るといっても話はそう簡単ではない。実は、最新鋭の光学顕微鏡や蛍光顕微鏡を使っても、運ばれる荷物は大きいので見えるけれど、肝心の分子モーターはきわめて小さいため見えないのだ。
そこで林先生が開発したのが、「ゆらぎの物理学」を活用した測定法だ。

「物が動くメカニズムは、まさに物理学が得意とするところです。対象は生物ですが、輸送がどういうメカニズムで起こっていて、どのぐらいの力が働いているか、あるいはどのぐらいの速度で動いているかなどは、いずれも物理学で計算できるんです」

「ゆらぎの物理学」と聞くと、超難解でお手上げの気分になりそうだが、できるだけ分かりやすく教えてほしいとお願いしたところ、林先生は、水にミクロンサイズのビーズを浮かべた様子をとらえた動画を見せてくれた。

0.5 ミクロンのビーズ。

3ミクロンのビーズを水中に浮かべたもの。

ビーズはゆらゆらとゆれている。このように微粒子が液体中で不規則に運動する現象を「ブラウン運動」といって、熱運動に起因する水分子の衝突で生じる。こうしたゆらぎは一見無秩序で、ルールなどどこにもないように見えるが、物理学のルールに則ってゆらいでいる。例えば、ゆらぎ方はビーズの大きさに依存することが知られており、大きなビーズはゆらぎが小さい。

「分子モーターに輸送される荷物も、細胞内が液体で満たされているためゆらいでいます」

ところで細胞の中には大きい荷物もあれば小さい荷物もあるため、輸送力は(速度)×(荷物の大きさ)で決まる。(速度)は位置と時間のグラフの傾きから、(荷物の大きさ)はゆらぎ方から分かるので、物理を使って輸送力を見積もることができるのだ。

「実際の細胞を使って100個近くの荷物を調べ、輸送力を解析したところ、値が飛び飛びになりました。力を出しているのは分子モーターですから、輸送力の飛び飛びの値はそれぞれ分子モーターの数1個、2個、3個…に対応するわけです」

こうして神経細胞でも色素細胞でも、1つの分子モーターが1つの荷物を輸送しているだけではなく、主に2~3個の分子モーターがお神輿をかつぐように輸送していることが分かったという。
「一つの荷物を複数の分子モーターで一緒に運ぶことによって、効率よく安定した輸送ができるのだと思います」

縦軸に出現頻度、横軸に輸送する力をとり、荷物を運ぶ分子モーターの分布状況を示したグラフ。

大きな荷物は力を合わせて運んだほうが楽ちんだし、効率的なんだね

林先生のグループが、シナプスの形成位置に異常の出る神経細胞を使って輸送力を調べたところ、異常のない野生型に比べてシナプスの材料の輸送を担う分子モーター数が少ないことが分かったという。
「細胞内の荷物の運搬人である分子モーターの個数が多すぎたり少なすぎたりしても、細胞内の物流が過剰になったり滞ったりして、病気と関係すると考えています。さらに研究を進め、輸送の観点から病気のメカニズムを解明したいですね。将来は、自分たちで解析するだけではなく、だれでも同じことができるように解析用のソフトウエアをつくって普及していけたらよいです。ソフトウエアを作るには工学の知識も必要なので大変ですが」