中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」

第2回
顕微鏡の専門家が
分子モーターから紐解く生物物理学

第2章 ナマモノを顕微鏡で観るのが好き

須藤
研究の話が聞きたいです。
西坂
そうしましょうか。皆さんは、生物の勉強をしているなら、「ミトコンドリア」っていう言葉を知っています?ミトコンドリアは何をしているかっていうのは、習いました?
須藤
はい。酸素を使って、栄養であるATPを作っている。
西坂
すごいですね。そのATPが作られている場所はミトコンドリアなんですが、実際にATPを作っているのはATP合成酵素といわれるタンパク質です。これがモーターだっていうのを、どこかで読んだことがありますか?
日向
授業で習いましたね。
西坂
そう。これがモーターだったら回転するはずですよね。その回転を直接観察しようとした男がいて、それが私の友人の野地博行(現・ 東京大学工学系研究科教授)という男なんですね。観察方法は、割と簡単。ガラス面にタンパク質を1個置きます。たった1個です。タンパク質のN末端の端っこのほうに、ガラスが付きやすいような、そういうアミノ酸変異を入れてから、ガラスにくっつける。そして、野地さんは回転を直接観察することに成功し、世界中の研究者をあっと言わせました。
私はこのすごい成果を聞いて、当時はアメリカで別の研究をしていたのですが、日本に戻って新しい回転モーターの研究をスタートしました。彼の手法をさらに発展させ、回転だけではなく、ATPそのものを観察しようと、ATPに色を付けました。ATP自体は光らないんですけれども、ATPに蛍光色素を付けた、ということですね。
高原
蛍光色素を付ければ、顕微鏡で見ることができる?
西坂
普通は蛍光色素を付けただけでは、蛍光色素がたった1個ですから、顕微鏡で見ることはできません。2004年当時、分子1個を見る顕微鏡を作れる人っていうのは、世界にそんなにいなかったんですね。私がその1人で、分子モーターの回転を生み出す化学反応と力学反応を同時に観察することに世界で初めて成功しました。どういうことかっていうと、ガラスの上に回転するモーターが付いてる。回転については、工夫をすれば顕微鏡で見られますが、そこでいったいどんな化学反応が起きているかというのは、それまでは生化学の手法に頼るしかなかったんですね。その生化学で観察していたのを全部顕微鏡に落とし込んだわけです。

西坂先生が開発した顕微鏡

この研究は『Nature Structure & Molecular Biology』という雑誌の2004年2月号に掲載されました。ほら、ここ。ほかにもNatureという名前が付いた雑誌に何本か論文が掲載されてます。学生時代に発表した論文もあるんですよ。これがそうですね。

西坂先生の学生時代の投稿論文掲載誌を見る生徒たち

須藤
ATPは、何の顕微鏡を使って観察しているんですか。
西坂
いいことを聞いてくれました、全反射型蛍光顕微鏡っていう、すごく特別な顕微鏡を使っていて、今は商品として売り出されてます。私がこういう顕微鏡を使って実験をやりたいと思ったときには、売ってなかったんですね。そこで自分で作りました。その特許証がこちらにあります。
須藤
電顕とはちょっと違うんですか?
西坂
素晴らしい質問です。電子顕微鏡は、確かに小さいものが見えるんですけれども、さすがにATPは見えません。ATPの分子量は大体500くらい。電子顕微鏡だとかろうじて見えるタンパク質の分子の大きさが5万くらい。絶対に見ることができない世界がここにあります。
須藤
先生が作った顕微鏡では、電顕よりも、さらに小さいものが見えるってことですか?
西坂
そのとおりです。これは面白い話で、ちょうど話が物理にいってしまって申し訳ないんだけど、星は見えないはずだっていう話があります。私たちが物を見えるかどうかを決めているのは、角度だというのを知っていますか? 視力検査で1.0というのは、Cの字の隙間部分が角度1分(1度の1/60)あれば見えますよ、という意味です。
さて、星は非常に遠くにあるので、その端から端まで線を引いたとして、地球から見たら角度がゼロなんですね。太陽は大きくてある程度近いので、0.53度の角度がある。月は小さいけど近いので、太陽と同じような角度がある。その角度で、月の形、太陽の形が見えますよね。でも、太陽までの距離の数万倍以上も遠くにある星は、見えないはずなんです。なのに、なぜ見えるかっていうと、光るから。これがトリックです。
さっき私、蛍光色素をATPに付けたって言ったんですけれども。ATPが小さ過ぎて見えないので、光ればいいという発想を使いました。光れば、どんな小さなものでも見える。ここが大事なポイントです。
須藤
なるほど、ありがとうございます。
西坂
もう一つだけ言い足すと、電子顕微鏡の世界はミイラの世界です。あれは全部乾かしている。もしくは冷凍保存の世界。凍らせている。だから、電顕の中では生き物は動きませんし、化学反応も一切起きないので、私嫌いなんですね、実は。電子顕微鏡はすごいんですけど、形しか分からない。やっぱり動いてないと、生きていないと面白くない。それが、私が光で見る顕微鏡にとりつかれてるっていう理由です。」
一同
なるほどー!(大きくうなづく)
西坂
というわけで、西坂がどういう研究者かというのは、普通の顕微鏡では見ることができないものを、自分で原理を考え装置を発明して、それを使って実際に見る。そういうことをやってる顕微鏡の専門家として知られています。