中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」
第26回
副作用のない薬を作りたい!
その思いを胸に、核酸医薬開発の最前線を行く
第1章 講義
1-1 研究者を目指したきっかけ、恩師との出会い
- 山吉
- 私がなぜ研究者になったかというと、「副作用のない薬を作りたい」と思ったからです。私の両親は共働きで、母も製薬企業でフルタイムで働く研究者だったので、祖母と伯母が幼い私の面倒を見てくれました。私にとって第二の母のような存在だった伯母が、14歳の頃、大腸がんで亡くなってしまった。近しい人が亡くなるという初めての経験でした。その時、「伯母を治す薬がないのなら、私が作ってやろう」と。それは今でも私の研究のモチベーションであり、ライフワークとなっています。

- これまでに私が誰と出会い、どのような研究に携わってきたのかを紹介します。生まれは兵庫県神戸市ですが、育ったのは大阪府豊中市。京都工芸繊維大学に進学し、そこで村上章先生と出会いました。村上先生は日本核酸医薬学会の前身である研究会を立ち上げた方で、私にとってこの出会いがすごく大事だったと思っています。

恩師・村上章先生と
- 博士号を取った後、現・九州大学病院別府病院で学術研究員(ポスドク)の職を得ました。ここで当時講師だった加藤聖子(かとう・きよこ)先生の影響も大きく、臨床医の視点から薬を作ることを学びました。もう一つ、同じく九大なのですが、当時、先導物質化学研究所にいらした丸山厚先生のもとで、がんなどに薬を選択的に届ける薬物輸送システム(ドラッグ・デリバリー・システム)の研究をさせてもらうことができました。
その後、母校の工繊大で助教のポストが空いたので、村上先生が呼んでくださり、自分の研究をスタートしました。それから、京都大学白眉センターに特定准教授として着任。このセンターに採用された教員は京大の好きな研究室に行けるのですが、私は理学研究科の杉山弘先生のラボで研究しました。
- ここ東工大(現・東京科学大学)に来る前、長崎大学大学院医歯薬学総合研究科の教授に。大変光栄なことに、長崎大学160年の歴史の中で初の女性教授として迎えていただきました。2024年に東工大に移ってからも、外山さんをはじめ長崎大のラボにいた人たちがついてきてくれ、一緒に研究しています。
- 工繊大の村上先生との出会いは、私の人生の最大の幸運と言っても過言ではありません。村上先生は、ノーベル化学賞を受賞した福井謙一先生(京都大学)のお弟子さん。福井先生と面識はないのですが、私は自称・福井先生の孫弟子、外山さんはひ孫弟子にあたるわけです。
村上先生から教わった福井先生の言葉で胸に残っているのが「応用をやるには、基礎をやれ」。日本はすぐに役立つ応用技術を求めがちですが、純粋なサイエンスが本当に大事だなと思っています。このように「あの時、聞いた」という言葉が腑に落ち、その意味を真に理解できる日が必ず来るはずです。
1-2 遺伝子を解明し、薬を設計する
- 山吉
- 私の夢は、副作用のない抗がん剤を作ること。では、そもそもなぜ副作用があるのか? それは、従来の低分子抗がん剤はがん細胞だけでなく、正常細胞も殺してしまう薬だったからです。それに対して、最近はとてもいい薬ができています。分子標的薬と呼ばれ、がん細胞のある特定の分子だけを狙い撃ちし、その機能を抑える。この、ある特定の分子にだけに結合する点が重要で、がん細胞が持っているけれど、正常な細胞は持っていないものを狙うことができます。

- 「創薬モダリティ(modality)」って聞いたことがありますか? 薬の形態や分類のことで、大昔は薬草の根などをすりつぶして煎じていたけれど、有機化学で合成できるようになって低分子医薬品が作られるようになりました。現在は、核酸やタンパク質など大きい分子でより特異的に狙えたり、遺伝子が薬になったりしています。

- 皆さん、コロナが流行した頃、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンは打ちましたか。
- 新井
- 当時は小学生だったので、打っていません。
- 山吉
- あ、打っていない世代なんですね。編集者の皆さんは、副作用などありませんでしたか?
- 編集
- 大丈夫でした。
- 山吉
- 私はすごく熱が出て、お腹も壊しました。ウイルスを打たれたのかと思ったぐらいしんどかったのですが、このように今や遺伝子が薬になる時代です。

- 現在上市されている代表的な分子標的治療薬について紹介しましょう。
まず、異物を攻撃する免疫の仕組みを利用し、病気の原因となる細胞やタンパク質だけを狙い撃つ抗体医薬。その1つ、乳がんや胃がんの治療に使うハーセプチンは、「増殖せよ」という信号を受け取るがん細胞特有のタンパク質(HER2タンパク)を認識して結合し、その信号が入らないようにする薬です。これによってがん細胞の増殖を抑えることができます。

- グリベックという白血病の薬は、細胞の増殖・分化に関与するKIT(キット)タンパクの異常な活性化を抑える働きを持っています。KITタンパクのポケットにエネルギー物質がくっつくと「細胞を増やせ」と指令が出るのですが、グリベックがコルク栓のようにふさいでくれるので腫瘍(しゅよう)の成長が止まります。

- 今、紹介した2つは細胞表面のタンパク質を狙ったものですが、私が薬で使おうとしているのが、細胞核の中の核酸(DNAやRNA)を構成する分子です。
- 私はDNAは世界で一番美しいと思っていますが、それだけでなく実に賢い。DNAは4種類の塩基、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)を持ち、アデニンとチミン、グアニンとシトシンが対をなして二重らせん構造を作っています。これを高校で習った時「DNAってすごい」と、大いに感動しました。

4種類の塩基を持つDNAは、AとT、GとCが常にペアを形成。一方、RNAはTを持たず、U(ウラシル)という塩基を持つ
- DNAの遺伝情報を転写し、タンパク質合成の情報を運ぶのがmRNA。RNAの場合、チミンの代わりにウラシル(U)となるので、アデニンはウラシルを、グアニンはシトシンを認識するという性質を利用し、狙った遺伝子に人工核酸を結合させてタンパク質の翻訳を止める。それが核酸医薬(アンチセンス※核酸)です。
※アンチセンス(Antisense): タンパク質をコードするmRNAと相補的な塩基配列を持つ一本鎖のDNAまたはRNA。
- 例えば遺伝子Aを狙う場合、その配列がCUAAACG……だとすると、その相補鎖(そうほさ)であるGAUUUGC……を人工核酸で合成して遺伝子Aの動きを止めます。つまり、遺伝子の配列さえ分かれば薬を自由に設計でき、特定の遺伝子の発現を抑制できる。これを村上先生のラボで聞いた時、「あ、私がやりたいのはこれだ」と。もともと "I love DNA" だったこともあり、こんなに美しいものを、こんなに賢く使えるのだと感動し、それからは核酸一筋です。

1-3 核酸医薬の仕組み
- 山吉
- いろいろな核酸医薬がありますが、医薬品として承認例が一番多いのがアンチセンス核酸。
DNAがmRNAに転写されて、タンパク質ができますよね。この時、外から人工核酸を導入して標的のmRNAに結合することで、遺伝子の発現を抑制します。

- 人工核酸と違い、天然型の核酸は薬にはほど遠いんですね。というのも、天然型の核酸は細胞に入りにくい上に、分解しやすいため、細胞内に入れてもすぐに切れてしまいます。また、標的遺伝子に対する結合力が弱いことも薬として使えない理由の1つです。
そんな天然型の弱点を補い、薬に使えるようにするため、生体内で分解されにくい、標的遺伝子に結合しやすい、毒性が少ないなど、さまざまなタイプの人工核酸が開発されています。

- 核酸医薬でいち早く開発が進んだのが、デゥシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)という疾患を狙った薬です。筋肉の細胞膜はジストロフィンというタンパク質がつないでいますが、DMDの患者さんはこれが産生されなくなるために筋肉がスカスカになり、最悪の場合には心肺停止になってしまう。DMDは、特に、幼少の男の子が罹(かか)ることが多いんですね。これが治れば、本人はもちろん、ご家族も救われます。

- ところで、皆さん、スプライシングって習いましたか?
- 生徒
- はい。
- 山吉
- すごいね、スプライシングを習っているんだ! スプライシングとは、細胞核内で転写されたmRNA前駆体(pre-mRNA)から、タンパク質合成に不要な領域(イントロン)を取り除き、必要な領域(エクソン)を連結して成熟mRNAにするプロセスのこと。
通常のスプライシングでは、エクソンが48、49、50、51、52、53とあるのですが、DMDの患者さんはスプライシング異常と言って、48、51、52、53のようにエクソンが飛ばされてしまう。そうすると、ここにタンパク質合成を終了させる信号(ストップコドン)ができ、機能発現しない。

- DMDの薬は、51にくっついて51を飛ばせるので、48、52、53となる。完全ではないものの、ジストロフィンは繰り返しタンパク質なので、機能を持つジストロフィンタンパク質ができます。
- 2020年3月に薬事承認された日本初の核酸医薬・ビルトラルセンは、53番目のスプライシングがスキップされて51、54となる。少し短いのですが、機能するジストロフィンができ、DMDの患者さんの延命を実現しています。

1-4 マテリアル・シンバイオシス(物質共生)
- 山吉
- 私が妊娠・出産を経験する中で着想した文部科学省の大型プロジェクトについて紹介しましょう。従来の学術の体系や方向を大きく変革・転換するための研究で、予算は年間最大で3億円。私たちは、マテリアルと生体との共生状態を「マテリアル・シンバイオシス(物質共生)」と定義し、その解明を目指して2020年から5年間取り組みました。

- 生体にはさまざまな共生状態があります。例えば、母体にとって胎児は異物ですが、胎児を排除しないのは、胎盤が胎児を異物ではないというシグナルを入れているからです。
腸内共生系も同じで、食べ物は私たちにとって異物。ただ、食べ物を取らないと栄養が取れないので、腸内細菌が腸内の免疫細胞に働きかけることによって、共生が達成されています。

- 一方、マテリアルは生体とうまく共生できていないのではないか? 今や、核酸医薬をはじめ、iPS細胞のように細胞自体が薬になる時代。ワクチンには生体適合性材料が使われているのですが、これがアナフィラキシー※の原因になるという課題があります。こういった外来性物質に対しても「共生」という概念を取り入れるべきではないか……、そう思ったことが、このプロジェクトにつながりました。
※アナフィラキシー : 食物、薬剤、昆虫毒などが原因でアレルギー反応が全身に急速に現れ、血圧低下や呼吸困難など生命に危機が及ぶ重篤な過敏反応。

- 「共生」という視点を取り入れることで、mRNAワクチンに対するアナフィラキシーやヒト化抗体医薬※で起きる異物反応といった現象の「なぜ?」に迫ることができるのではないかと考えたのです。
※ヒト化抗体医薬 : マウスなどの動物で作製した抗体の大部分をヒト由来の配列に置換し、異物と認識されるリスクを大幅に低下させた治療用抗体。

- マテリアルの1つに人工乳房があります。乳がんの手術で取った乳房を再建する時、表面がザラザラのと表面がツルツルの人工乳房では、ザラザラの方が細胞がなじむので良いとされていました。ところが、これでリンパ腫ができ、死亡事故が起きてしまった。無害に思えるものでも埋め込むと病気になってしまう。

- 核酸医薬も今、毒性が非常に問題になっています。厳しい安全性試験をクリアしたにもかかわらず、異物認識されて抗体が出たり、インフルエンザのような炎症反応を起こしたりする。特に注射部位の炎症反応もかなりひどく、毎回ただれたりすれば、もう注射を打ちたくなくなりますよね。
- こういったことを回避する技術として私たちが着目したのがエクソソーム※です。細胞はエクソソームという細胞外小胞を放出し、その中に遺伝子などを入れて他の細胞に送っているのですが、これを用いて核酸医薬をデリバリーしようと。
冒頭で話したように、母体の免疫が異物である胎児を攻撃しないのは、それを抑制するタンパク質・HLA-Gが胎盤に発現しているからなのですが、エクソソームの表面にあるHLA-Gを用いれば核酸免疫を抑制できるのではないか。このように、細胞の中に隠してデリバリーすることで免疫反応を抑えるといったことにも取り組んでいます。
※エクソソーム(Exosome): 細胞から分泌される直径50〜150nmの小胞で、内部にタンパク質や核酸(RNA)を含み、細胞間の情報伝達を担う物質。

1-5 4つの「気づき」
- 山吉
- 講義の最後に、私が経験した4つの「気づき」について話したいと思います。まず、大学での「気づき」。大学進学で、私は医学部を目指していたのですが、結果は不合格。当時、がんの研究は医学部でしかできないと思い込んでいて、落ちた時はかなりショックでした。ただ、その時、それ以外の方法はないのか自分で調べようとしなかったことも問題だと思っています。皆さん大学に進学されるでしょうが、大学は本当に自由。ただし、自分から何かしなければ何も得られないので、ぜひ今からいろいろ考えてほしいなと思います。

- 次に、研究での「気づき」。今、核酸医薬はものすごく流行していて、製薬企業が次々と声を掛けてくるほどです。でも、数年前までは「核酸なんか薬になるか」という時代でした。実際、私が学会で発表したら、「核酸が薬になるわけない」と言われたことも。
日本初の核酸医薬が上市され注目を集めていますが、流行しているものだけでなく、やりたいことを見つけてほしいですね。核酸医薬の流行が今後も続くかどうか分かりませんが、私は核酸が好きなのでこれからも追求していきたいし、皆さんにも「これが好き」と思うことをやってくれたらと思います。

- 3つ目が、女性研究者としての「気づき」。かつて女性研究者の就職は厳しかった。大学で研究室を選ぶ時、「女子は就職の世話が大変だから、うちの研究室には来るな」と言う教授がいたくらいです。村上先生は女性研究者を応援してくれる研究者でしたが、「君は女性だから、男性より頑張らないといけないよ」と。
今は逆差別かというぐらい「女性、女性」となっているし、「専業主夫って最先端ですね」とも言われる。まさかこんな時代が来るなんて! だから、今難しいからと諦めてしまわないでほしい。本当に楽しいことは困難を伴うけれど、それが見つかれば人生ハッピーだなと思います。

- 最後が、結婚・出産してからの「気づき」。結婚は異文化コミュニケーションなので大変です。育児も本当に大変だけれど、学びや喜びも多い。
そして、夫婦には夫婦の数だけ理想の形があるということ。私の夫は元・高校の数学教師で、数学をこよなく愛する人ですが、「数学は紙とペンがあればできるから」と、専業主夫として私の研究を支えてくれています。他とは少し違うかもしれないけれど、それぞれに最適解があるので、皆さんもぜひ理解のあるパートナーを見つけていただければと思います。

- 何年後かに、今日のお話の1つでも「あ、そういうことだったんだ!」と思ってもらえたら、うれしいです。
今日はこの後、実験室を見ていただきます。核酸医薬は、遺伝子の配列が分からないと、そこにくっつけるものを設計できないので、遺伝子診断に使われている手法を外山さんに説明してもらいます。あと、培養しているがん細胞を顕微鏡で見ていただく予定です。
