この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第10回 海上自衛隊から細胞老化研究に取り組む異色の生命科学者 財団法人癌研究会 癌研究所がん生物部部長 原 英二 先生

高校時代、生涯の研究テーマに遭遇

───その本との出会いが将来の進路に影響を与えたわけですね。

はい。その本には、生命活動はかなりの部分が遺伝子によって制御されている。老化も例外ではないと書かれていました。私は、それまで老化はモノが擦り切れて壊れていくようなものと考えていて、老化の進行が遺伝子によってプログラムされているなどとは考えてもいませんでしたから、すごく衝撃を受けましたね。
それからは書店の生物系の本が並んでいる棚に行っては、生命科学の本を読み漁ったんです。そんな中、「細胞老化」に関する記述と出会ったんです。正常な細胞には細胞が何回分裂したかを数える仕組みが備わっていて、決められた回数分裂すると、細胞老化という現象を起こして、もうそれ以上分裂できなくなるというのです。老人から採取した細胞は若い人から採取した細胞に比べ早く細胞老化を起こすことから、細胞老化が老化(加齢)現象にも関係しているのではないかとも書いてありました。さらに驚いたことに、がん細胞は細胞老化を起こさず、無限に分裂増殖できるので、細胞老化は正常な細胞が必要以上に分裂を繰り返してがん細胞へと変化することを防ぐがん抑制機構として働いているのではないかとも書いてありました。つまり、我々のからだが歳とともに老化するのは発がんを防ぐために体内で細胞老化が起こってしまうからではないかと想像できます。
そのことを知った時に、すごく興奮したことを覚えています。おそらく細胞老化を起こす遺伝子があるはずで、それが老化やがん化を制御しているのではないか、将来こういうことを明らかにできる研究者になりたいと思ったんです。

高校1年の時

高校1年の時(左から2番目)

───進路は自分で決めたのですか。

両親は医学部か歯学部に行ってほしいと考えていたようですが、私はやはり分子生物学の研究をしたいという思いが強かったんです。しかし当時、大学紹介の本(赤本)を読んでも生物学を遺伝子のレベルで勉強できそうな学科がほとんど見つからず、東京理科大学の応用生物科学科では遺伝子工学をやるとうたっていたので、そこを選んだわけです。
ただ当時は、高校の先生も研究者についてはほとんど知らなかったし、こうした分野の研究者になるにはどんなキャリアパスを通ればいいのかといった情報がなかった(もちろんインターネットもない時代でした)ので、選択の幅が限られていたという面もありました。今から考えると、生命科学分野の研究をするのに、必ずしも生物学科に進学することはなかったですね。医学部でも歯学部でも、分子生物学の研究はできますから。むしろ、医学部や歯学部に進学する方が人間のからだのことをよく勉強できるので、老化やがんなどの研究をするには適していたようにも思います。

───大学時代は、どんな学生生活を送っていたのですか。

空手部に入ってました。本当はテニス部に入って楽しく過ごしたいと思っていたんですが、新入生歓迎オリエンテーションがあった時、テニス部ブースの前に空手部のブースがあって、気が付いたら空手部に入ってたんです(笑)。
部活動が忙しく、勉強のほうは3年生の途中まであまりしませんでした。しかし、3年生の終わり頃、東京大学医科学研究所で教授をされていた小田鈎一郎先生という方が理科大に移ってこられました。小田先生はがんウイルスの持つがん遺伝子の研究をされていて、当時の最新の分子生物学について講義をしてくれました。具体的にいうとアデノウイルスのE1A遺伝子によって、どのように正常な細胞ががん細胞になっていくかを中心に、最先端の研究内容について講義してくれたんです。その講義がものすごくおもしろかった。この先生のもとで研究活動ができたら、細胞老化とがんの関係などが研究できるのではないかと思いましたね。
それから、いろいろな経緯があったのですが、小田先生の研究室に入ることができ、そのまま大学院修士課程に進んだんです。

───大学院の研究生活はいかがでしたか。

この先生は厳しかった。常に学生に高いレベルの研究成果を出すための努力をすることを要求されましたし、よく叱られました。人生であれほど叱られたことはないと言えるくらいでしたね。しかし、その甲斐あってか、修士課程2年生の時に論文をアメリカの科学雑誌に発表することができたんですが、そうすると小田先生に、博士課程に進学するように強く勧められました。ただ私は、自分が本当に研究者としてやっていけるのだろうかなどいろいろ悩み、このまま博士課程に進んでいってよいかどうか迷ったんです。むしろ、一度なにかほかのこともしてみたいという気持ちが強くなり、そのまま博士課程に進むことを断念しました。

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