───それでもあきらめずに同じ研究を続けたんですか。
ええ、それから、がんに関する研究のメッカといわれるイギリス王立がん研究所(Imperial Cancer Research Fund Laboratories)がポスドクを募集しているのを知り、応募しました。そうしたところ、ゴードン・ピータースというラボヘッド(研究室長)が採用してくれました。ちょうど今から16年前、30歳の時でした。そして、その研究室でついに細胞老化を誘導する遺伝子の1つがp16という遺伝子であることを突き止めたんです。
───どうやってこの遺伝子を発見したんですか。
当時がん抑制遺伝子を見つける研究が盛んで、たまたま、ある研究者ががんを抑制する働きのある遺伝子としてp16遺伝子を見つけていたんです。しかし、p16は正常な細胞ではほとんど働いていないので、どうやって発がんを抑制するのだろうかと多くの研究者が不思議に思っていたんですね。そこで、私はもしかするとp16は通常は働いていないけれど、細胞が分裂限界に達した時に働いて、細胞老化を誘導することで発がんを抑制しているのではないかと考えたんです。実験してみると、予想した通りだったんです。
最近では、細胞が分裂限界に達する前でも、放射線やタバコなどの発がん物質に曝露されると、細胞老化が起きることが分かってきており、そうした時にp16遺伝子が働いて発がんを抑制していることも判明しています。
───王立がん研究所は、研究がしやすい環境だったのですか。
王立がん研究所では、研究室間の垣根がなく他の研究室にも自由に行き来できて、たくさんの優秀な研究者に気軽にアドバイスをもらえるとても素晴らしい研究環境でした。そして最も大切なことは、すぐにはがんの治療薬の開発に結びつかないと思われるような基礎的な研究をしている研究者でも、十分な資金援助を受けて腰を落ち着けて研究できる環境にあったことです。それらの研究者の中にはその後ノーベル賞を受賞する人もいて、今ではその研究は抗がん剤の開発にも役に立っているのです。
このように、生命の真理に携わる研究をしていけば、その時はすぐに役に立たなくても、将来、必ず人類の幸福につながっていくという信念で研究することの大事さを教えられました。そうでないと、今の日本がその傾向がありますが、サイエンスが薄っぺらなものになってしまいます。
この後、同じイギリスのマンチェスターという街にあるパターソンがん研究所(Paterson Institute for Cancer Research)に移り研究を続けました。その研究所では、ラボヘッドとして独立した研究室を持ち、ポスドク等を雇い、私がやりたいことを自由に研究するチャンスを得ることができました。今にして思えば、日本人の私にもチャンスをくれたイギリスの研究支援体制の寛大さには、感心すると同時に感謝の念でいっぱいです。

▲ Paterson Institute for Cancer Researchの原研究室のメンバー