この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第11回 独自のアプローチでクローン技術の再生医学への応用をめざす (独)理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター ゲノム・リプログラミング研究チーム チームリーダー 若山照彦 先生

高速で細胞に孔を開けるマニュピレーターを使って成功

───それで、クローンマウスの作成に挑戦したわけですね。

ええ。私は、日本にいたときからマイクロマニピュレーターを使って卵子から核を取り除く技術は持っていました。そしてハワイ大学ではマイクロマニピュレーターを使って顕微鏡下で精子を卵子に入れて授精させる顕微授精を研究していたことはお話ししましたね。クローンマウスをつくるときには、マウスの体細胞の核を移植するわけですが、顕微授精の精子が体細胞の核に代わるだけなのです。

───でもなにか、他の研究者ではできないことがあったのでしょう。

そうですね、実は、私は世界で初めてマイクロマニピュレーターに「ピエゾドライブ」というものを接続して核移植を行ったのです。ピエゾドライブとは、ピエゾという素子に電流を流すことで、先端のピペットが高速で振動させることができるシステムです。
核移植をするときには、細胞膜に孔を開けなければなりませんが、このときピペットを細胞に刺すとつぶれてしまいます。ピエゾドライブを使うと一瞬で細胞膜に孔が開き、すぐにまた細胞膜がその穴を復元するため、細胞がつぶれないんです。
ピエゾドライブをつけたマイクロマニピュレーターを使いこなすにはかなり修練を積む必要がありますが、これによって核移植の成功率がぐんと高まるのです。

◆マイクロマニピュレーターシステム
写真:マイクロマニピュレーターシステム

核移植や、核を取り除く作業にあたっては、ピエゾドライブの操作音の変化を耳で確認しながら顕微鏡の画像を見て行う。ピエゾドライブのスティックの操作は足で行う。卵子の移動は口にくわえたピペットで行う。したがってピエゾドライブを用いた核移植には、鼻以外の全身を使い、相当な集中力と熟練の技が要求される

───それで、クローンマウスができたんですか。

ええ、先生には内緒でクローンマウスをつくっていて、3回目の実験のとき、クローンマウスの胎仔ができたことを発見したんです。嬉しかったですね。実はクローン羊ドリーができた後、多くの研究者が体細胞を使ったクローン動物にチャレンジしたのですが誰も成功せず、ドリーも本当にクローンなのかと疑問視されていたんです。私がクローンマウスに成功したことで、体細胞からクローンができることは嘘ではなかったと証明できたわけですね。
柳町先生にクローンマウスができたと報告に行ったら、とても喜んでくださって、それからは大手を振ってクローンの研究をすることができました(笑)。

───クローンマウスをつくるのに失敗することはないのですか。

当初クローンマウスをつくったときの成功率はわずか2%でした。ようやく生まれても、短命のものも多いんです。その原因は、成長したマウスのからだの細胞の核を卵子に移植するときに問題が起きるんです。
私たちのからだは60兆個とも言われる細胞でできていますね。これらの細胞は、最初は1個の受精卵からスタートして、いくつにも分裂して、眼や心臓や手足などそれぞれの細胞になっていきます。これまでは、それぞれの細胞に分化してしまうと、細胞はもとに戻れないと考えられていました。けれども、最近の研究でいろいろな方法、技術によって、何にでもなれる元の状態に細胞を戻すことができることが分かってきたんです。このように細胞を元の全能な状態に戻すことを初期化といいます。パソコンを最初の状態に戻すことを初期化というけれど似たようなものですね。
マウスの体細胞からとった核を卵子に移植したときも、核を完全に初期化しないと、ちゃんとしたクローンマウスが生まれないことが分かってきました。成功率が低いのはこの初期化が不完全だったからです。そこで、いろいろ工夫して、初期化を促進するようにして、いま成功率は6%くらいまで上がっています。

写真:マウス

体細胞クローン技術によって誕生したマウス

写真:核移植

核を取り除いた卵に、体細胞の核を移植する

◆クローンマウスのつくり方
図:クローンマウスのつくり方

体細胞クローンマウスをつくるには、体細胞を提供するマウス(これをドナーマウスという)の尻尾の細胞や卵子の発育に関与する卵丘細胞などの細胞の核を取り出しておく。
もう一匹のマウスの卵子から同じように核を取り出し、その核のない卵子にドナーマウスの核を移植する。ドナーの核を移植された卵子を胚の状態(クローン胚)まで培養し、子宮を提供するマウスに移植すると体細胞を提供したドナーマウスと同じ遺伝子を持つクローンマウスが誕生する。

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