この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第21回 哺乳類の初期発生の謎に、独自のアプローチで迫りたい。基礎生物学研究所 初期発生研究部門 教授 総合研究大学院大学 生命科学研究科 基礎生物学専攻 教授 藤森 俊彦

文化祭と物理研究会での工作に熱中した高校時代

───高校進学についてはどう考えていたのでしょう。

できるだけいい高校に入りたいという希望は持っていました。それで長野県でも古い歴史のある松本深志高校に進学しました。
入学すると、「賢いやつがいっぱいいる」と驚きました。授業のレベルも高くて、英語などめちゃくちゃ難しい副読本を渡されました。ただ自由な雰囲気を持った高校で、私には合っていたと思います。

───どんな高校生活を送ったのですか。

クラブ活動は、物理研究会に入りました。物理とはいっても、ほとんど工作研究会のようなクラブで、航空班、アマチュア無線班、応用物理班、リニアモーター班などがあり、最初は航空班に所属して、地面効果機(グラウンドエフェクトマシン)、つまりホバークラフトをつくっていました。そのあとは応用物理班に所属して、放物面鏡の太陽炉をつくりました。アルミ蒸着されたアクリル板(プラスチック製の鏡)を切って、傘の形にして太陽光を集めて熱を発生させるもので、それでお湯を沸かしたり・・・。工作好きがますます高じたわけです。
このほか、アマチュア無線の資格を取って、海外と無線通信していました。大きなアンテナをつくると、ロシアやオーストラリアにも電波が飛ぶんです。共通語は英語ですから会話もかわしました。そのうち電信ならもっと遠くともコミュニケーションできるだろうと、モールス信号で会話したこともありました。
文化祭も盛大に行われました。中学の出身地別の会が結成され寸劇を上演するのです。だから、夏休みになると昼間は太陽炉の製作、夜は演劇の練習や舞台装置づくりなど、勉強する暇もなかった(笑)。

───スポーツクラブには入らなかったのですか。

クラブには入らなかったけれど、松本深志はクラス対抗のスポーツ対戦が盛んな高校で、たくさんの種目別の学年対抗や全校対抗のクラスマッチがあったんです。私はバドミントン、水泳、バスケットの代表選手になり思いきり楽しみました。

───生物学への興味はあったのですか。

残念ながら生物の授業はちっともおもしろくなかった。当時、生物の授業は暗記することが重視されて、メンデルの遺伝学などに多少興味は抱きましたが、それ以外は好奇心を刺激されることがなかったですね。

───大学進学にあたっての学部選びはいかがでしたか。工作好きだから工学部をめざしたとか・・・・・?

理系に進むことは当然として、行くなら理学部がいいと考えていました。当時、高校の先生から岩波新書や大学の教科書をテキストに使って、アインシュタインの相対性理論や量子論などを勉強しようと誘われ、一生懸命背伸びして読んだことも影響したのかもしれません。物理学の理論的なことをつきつめてみたい、高エネルギーや素粒子の物理実験に取り組んでみたいと考えていました。
それで、京都大学の理学部に進学しようと思ったのですが、なにしろ9月が文化祭で夏休みはその準備に夜中まで追われて受験勉強どころではなかったし、これは浪人しても仕方がないなと内心では考えていました。ある日、親が進路指導で呼ばれて、「浪人したらどこでも受かる」と言われたらしい(笑)。で、現役のときは京大だけ受験して、想定通り落ちました。浪人時代は京都の予備校に通って、その1年間は猛烈に勉強しましたね。

PAGE TOPへ
ALUSES mail