この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第21回 哺乳類の初期発生の謎に、独自のアプローチで迫りたい。基礎生物学研究所 初期発生研究部門 教授 総合研究大学院大学 生命科学研究科 基礎生物学専攻 教授 藤森 俊彦

生命の形を決定する法則を探したい

───物理学を志望しながら、生物学に進んだのはなぜでしょう。

物理学の基礎になる数学の才能に限界を感じてしまったのです。N次元といわれてもまったくイメージがわかない。これでは厳しいなぁ・・と。
たまたま北海道をバックパッカーしながら歩き回っていたとき、海辺に行ったら、貝やヒトデなど変わった形の生物が磯に打ち上げられていて、「生き物の形っておもしろい」と生物に興味を持つようになりました。
幸い、京都大学の理学部は「ゆるやかな専門化の教育」を標榜していて、物理だけでなく、数学や化学、生物までかなり自由に科目選択ができ、学部の授業のレベルも高くエキサイティングでした。生物学の分野でも、分子生物学などのミクロから、サル学で有名な霊長類研究所に代表されるような生態学、行動学といったマクロなものまで幅広く研究されていました。
ちょうど分子生物学や発生学が大きく動いていた時代で、生き物が細胞分裂して形をつくっていくプロセスでどんどんおもしろい研究が出ていました。そこで生き物の形がどのように決まっていくのかを研究したいと考えるようになったのです。

───大学生活は勉強一筋だったのですか。

いいえ、そんなことはありません。先ほど言いましたように、バックパッカーとして日本全国を旅したり山を歩き回っていましたが、歩くよりバイクの方が行動範囲は広がるというので、750cc の免許を取って乗り回していました。長野に帰ってきたときにはスキーをしたり、子ども時代と同じやんちゃ坊主に戻っていましたね(笑)。

───大学院ではどんな研究をなさったのですか。

北海道の海辺で生物の形に興味を持ったという話をしましたが、生物の形をつくる法則がどこかにあるはずだから、その法則を探し出したいと考え、細胞接着の研究室に入りました。
なぜ細胞接着かと言いますと、生物の発生過程では細胞や組織がダイナミックに移動します。私たちの細胞同士は個々が独立しているわけではなく、カドヘリンなどの接着分子でつなぎ合わされているのですが(これを細胞接着と言います)、生物の形が変わるときはこの接着分子の発現パターンや接着分子の量が変わっていくのです。
そこで、カドヘリンに細工して接着を弱くしたり接着をジャマするとどうなるか、またカエルに遺伝子を入れて、どんな接着分子が作用するとどんな形になるかを研究していきました。

───1995年から2年間、ハーバード大学に留学しておられます。

大学院を修了して、これまでの研究とは違うことをやってみようと、細胞接着ではなく、哺乳類の発生の初期の段階で背側、腹側、前後、左右などの体軸がどのように形成されていくのかを研究しようと考え、ES細胞を初めて樹立したE.J.ロバートソンのもとで2年半過ごしました。
胎盤とエンブリオ(胚)の境界の所で発現する遺伝子を調べるために、遺伝子をノックアウトしたマウスをつくるのですが、遺伝子操作をしてもマウスはぴんぴんしている。いろいろ研究してみたのですが、結果的にそれほど成果を挙げることができずに日本に戻ってきました。
ただ、ハーバード大学には日本人の理学系の研究者も数多く留学していて、月に一度は飲み会をして、「研究とはどうあるべきか」などと議論をして、それは楽しかったですね。

アメリカ留学時代。日本人の若い研究者らと宴会で語り合った(前列左)

アメリカ留学時代。日本人の若い研究者らと宴会で語り合った(前列左)

───日本に帰国してからも、哺乳類の発生初期の体軸形成の研究を続けるわけですね。

鍋島陽一先生が大阪大学でネズミを使った老化の研究のラボを開設するということで、その研究室の助手としてお声がかかったんです。並行してなんでもやっていいというので・・・。でもちょっと違っていた(笑)。
そこで体軸形成についてもう少し本気で取り組もうとJST(科学技術振興機構)の「さきがけ研究」に応募したところ「細胞系譜をマッピングすることによって哺乳類の体軸形成を研究する」というテーマが認められて、それから3年間研究資金を出してもらえることになったのです。鍋島先生にも、正式に体軸形成の研究を了承していただきました。

PAGE TOPへ
ALUSES mail