この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第21回 哺乳類の初期発生の謎に、独自のアプローチで迫りたい。基礎生物学研究所 初期発生研究部門 教授 総合研究大学院大学 生命科学研究科 基礎生物学専攻 教授 藤森 俊彦

「暗黒の2日間」を映像で明らかにしたい

───藤森先生の研究内容について、分かりやすく説明してください。
マウス受精後12日目の胚(胎仔)。この頃には既に大まかな体ができあがっている

マウス受精後12日目の胚(胎仔)。この頃には既に大まかな体ができあがっている

私たちの生命は、受精した卵子が1つ、2つ、4つ、8つと細胞分裂(分化)して、皮膚、脳、目、口、心臓、腎臓などさまざまな器官に成長することで成り立っていることは知っているでしょう。
哺乳類の場合、個々の細胞が将来どの器官になるかという運命は受精段階であらかじめ決まっているわけではありません。哺乳類の受精卵は極めて小さく、将来の体軸や細胞の分化を制御する情報は遺伝子としてはあるけれど、すべてが最初の段階で機能してはいないのです。細胞が増えるに従い、細胞同士がコミュニケーションを取り合って背と腹、頭と尻、左と右などの大まかな体軸が決まっていくと考えられています。しかし、このメカニズムや初期の細胞のふるまいがまだよく分かっていません。カエルなどでは細胞が分化していく様子を目で見ることができますが、哺乳類の場合、体軸の形成は母親の子宮の中で行われるので、外からその進行具合を観察することが困難だということも、哺乳類の初期発生の理解が進んでいない原因の一つです。
受精卵は、ゆっくり細胞分裂を繰り返しながら卵管を通って子宮に到達し、子宮内膜に取り付いて母体としっかり結びつきます。これを着床というのですが、マウスの場合、体軸形成は受精から4~6日目の着床前後に行われます。体軸形成はおよそ2日間かかりますが、その期間がブラックボックスになっているのです。つまり、「暗黒の2日間」なんですね。

───では、どうやって外から観察するのですか。

そこで、私の子どものころからの“工作好き”が生きてくる(笑)。この着床前後の細胞の動きを観察できる装置をつくることにしたのです。
それも、単発のスナップショットを分析するのではなく、3Dの連続撮影が可能な装置をつくりたいと考えたわけです。まず、細胞が分裂して、どのような動き、ふるまいをするのかを観察するために、緑色蛍光タンパク(GFP)で核が光るマウスをつくりました。しかし、核の染色では核分裂して核膜がなくなると色が消えてしまい、2箇所で分裂しているとどちらの細胞なのか分からなくなります。そこで、ヒストン(DNAの糸を巻きつけるボビンのようなタンパク質)を標識する方法を開発しました。

───それと同時に、マウスの胚を観察する装置が必要なわけですね。

着床前後の時期からの胚発生と体軸形成を連続して観察するために、顕微鏡下で胚を培養できる装置を自作しました。培養装置自体は当時も売ってはいたのですが、その装置の中ではマウスの胚は半日も持たないのです。温度や湿度を調節したり、半年かけて試行錯誤して、やっと長い日数マウスの初期胚が生きられる装置をつくることに成功しました。
しかし観察するために光をたくさん当てると、GFPの発光によって胚が傷ついて死んでしまうので、デジタルカメラの感度を限界まで上げなくてはなりません。開発研究を続ける間に、カメラの受光素子の性能が上がり、弱い光でも十分に電気信号に変換でき、マイナス60℃くらいの温度まで受光面を冷やしながら撮影してノイズが少ない映像が撮れるようになりました。またコンピュータの処理速度が格段に速くなり、記憶媒体が大容量化したことで、それまでDVDに何十枚と焼き付けていた作業をしなくてもすむようになりました。

胚発生を再現・観察する培養・イメージング装置右下のステージ上のインキュベーター内に見えるプラスチック皿の中で胚を培養する

胚発生を再現・観察する培養・イメージング装置
右下のステージ上のインキュベーター内に見えるプラスチック皿の中で胚を培養する

───研究の成果はどうだったのでしょう。

こうした技術の進歩の後押しもあって、2年ほどかかって、発生初期段階での細胞の移動を連続した映像にすることに成功しました。ライブイメージングで見ると、少なくても細胞が4つに分化する4細胞期までには、細胞間での発生運命のかたよりは見られず、まだ体軸形成がこの時期には行われないことが、画像を通じて観察できます。
GFP染色によって、連続映像で細胞の動きを追跡できることから、逆に時間を戻して細胞の動きを再確認できるなど、さまざまなアプローチが可能になってきました。細胞の核を赤と青に染めて青と赤のフィルムを張った眼鏡で見ると3次元で細胞が分裂する様子を見ることもできるのです。立体画像にすると、細胞分裂が重なり合ったときでも、どの細胞からどの細胞が分裂したのかをはっきり見分けることができます。
初期胚での細胞の分化過程が形として見えてきたので、これからは、その分化を制御している転写因子を見たいと考えています。

受精卵から着床前までの細胞の系譜の一部。染色体を標識して、核にひとつずつ番号をつけ追跡した。

受精卵から着床前までの細胞の系譜の一部。染色体を標識して、核にひとつずつ番号をつけ追跡した。

Nanogタンパク質の局在が緑、アクチン繊維が赤で染まっているマウス胚盤胞(受精後4日目胚)。胚盤胞における細胞分化の例。緑色に染まっているタンパク質は、将来体になる内部細胞塊に局在する

Nanogタンパク質の局在が緑、アクチン繊維が赤で染まっているマウス胚盤胞(受精後4日目胚)。胚盤胞における細胞分化の例。緑色に染まっているタンパク質は、将来体になる内部細胞塊に局在する

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