この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

ウイルスと宿主側の相互作用に注目

───今井先生の研究について、分かりやすく教えてください。

通常冬季に流行する季節性インフルエンザの死亡率は0.01% 程度ですが、SARSやH5N1鳥インフルエンザなどのウイルスは、重症型の呼吸不全や多臓器不全などを引き起こすことがあり、H5N1鳥インフルエンザでは、6割が死亡するほどです。けれども、なぜウイルスが強毒型になるのかなど、十分に解明されておらず、有効な治療方法も確立されていません。
インフルエンザウイルスが重症化するメカニズムは、二つの要因から見ることができます。一つは、ウイルス側のファクターで、ウイルスのタンパク質が変異していき、ヒトの身体の中で増殖しやすい性質に変わったりすることが考えられます。
もう一つは、ウイルスが寄生する宿主側とウイルスとの相互作用から見ていくことです。私たちは、この相互作用の中でも宿主がどのように応答し、病気を進行させるネットワークをつくっていくか、宿主応答ネットワークを研究していきました。

───具体的にはどのようにして研究したのですか。

インフルエンザが重症化すると、ICU(集中治療室)で治療することになりますが、私たちはインフルエンザに感染した患者さんがICUで高度な救命治療を受ける状態をマウスで再現する「マウスICUモデル」をつくりました。このシステムで、マウスを麻酔にかけて気管切開し、気管チューブを挿入して、ここからインフルエンザウイルスを投与すると、マウスは急性呼吸緊迫症候群(ARDS)の症状が起き、呼吸機能が悪化する様子がリアルタイムで観察できました。
このモデルマウスの感染肺組織を用いて遺伝子の発現解析を行うなどして研究を進めた結果、呼吸機能が悪化したマウスでは、宿主のある受容体ネットワークが活性化していることを突き止めました。つまり、インフルエンザの重症化にあたっては、宿主の受容体が関与しているのではないかと思ったのです。そこで、次にこのネットワークに関係する受容体の遺伝子を欠損させたノックアウトマウスをつくって、H5N1鳥インフルエンザに感染させました。

ARDS患者が幾で治療を受ける様子をマウスで再現した「マウスICUモデルシステム」

ARDS患者が幾で治療を受ける様子をマウスで再現した「マウスICUモデルシステム」

実験で使う遺伝子改変マウス

実験で使う遺伝子改変マウス

蛍光イメージングで解析する

蛍光イメージングで解析する

───その研究の結果、どんなことが分かったのですか。

詳しいことは省きますが、研究の結果、この受容体ネットワークに関係する遺伝子を欠損させたノックアウトマウスでは、急性呼吸緊迫症候群(ARDS)の症状が改善されることが分かりました。こうした研究から、インフルエンザウイルスの重症化を防ぐためには、ウイルス側を標的とした薬物をつくるのはもちろん重要ですが、同時に宿主側の受容体システムを標的とした薬づくりが重要だと分かってきたのです。
ウイルス側を標的とした薬にはタミフルなども開発されていますが、ウイルスはどんどん変異し、薬に対する耐性を獲得してしまうため、さらに効き目のある新薬開発が必要になります。宿主側の受容体システムに着目した薬は、そうしたウイルスの変異に対応する必要がないという大きなメリットがあるのです。

───最近、アメリカの科学誌に先生の研究成果が掲載されたと聞いています。どんな研究なのでしょう?

これは私たち秋田大学を中心として、東京大学、大阪大学との共同研究なのですが、インフルエンザウイルスの増殖を抑制する物質を探す研究をしていて、マグロの目玉などに多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)などに由来するプロテクチンD1などの物質が有効であることを突き止め、アメリカの三大科学誌「Cell」の電子版に掲載されました。
分かりやすく説明すると、インフルエンザウイルスのゲノムは一本鎖のRNAですが、核の中でこのRNAを鋳型にゲノムのRNAが複製され、複製されたRNAは核外に運ばれて新しいウイルスのゲノムになります。またゲノムのRNAからmRNAの転写が行われ、このmRNAが核外の細胞質に運ばれてウイルスタンパク質がつくられるのです。ところが、プロテクチンD1を投与すると、ウイルスのゲノムRNAとmRNAは、ともに核外の細胞質に輸送されることなく、核内にとどまっていることを突き止めました。核内にとどまっているならウイルスを構成するウイルスゲノムとタンパク質が合成できないわけで、インフルエンザウイルスの抑制に効果があるわけです。現在、タミフルなどの抗インフルエンザ薬は発症して48時間経って治療を開始した場合には効果がないという問題があります。私たちは、今回の研究にはインフルエンザマウスモデルを使ったのですが、感染から48時間が経過した重症マウスモデルに対して、プロテクチンD1を作用点を異にする従来の抗インフルエンザ薬と併用すると、生存率を改善させることができました。
これまで重症のインフルエンザウイルスの感染症には治療法の決め手がなかっただけに、その候補を見つけられたことは、たいへん意義のある研究だと思っています。

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