この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

秋田から世界に発信できるような研究をしていきたい

───トロント大学とウイーンの分子生物学研究所に留学なさいましたが、研究以外で留学時代の思い出はありますか。

トロント大学には1999年から5年間留学し、その後2003年に、ノックアウトマウスを使って主に免疫系のインフルエンザの感染を研究しているヨーゼフ・ペニンジャーという世界的な研究者がいたウイーンに移りました。
トロントはアジア人が多い街で、住んでいて違和感がありませんでしたね。ちょうど私が留学していた時は、先ほど言いましたけれど、SARSが広まってたいへんでした。SARSの影響で観光客が激減したトロントを救おうと、ローリング・ストーンズなどが参加して大規模な野外チャリティコンサートが開催されました。炎天下でテントもない会場でしたが、その時売り出されたのが、赤い唇から舌を出した有名な『Tongue』のロゴがプリントされたTシャツです。私は初めて生演奏でローリング・ストーンズを聴きました。
ウイーンでは、日本人研究者同士で集まって郊外のワイナリーに出かけたことがありました。ウイーンの都市部では英語が通じるけれど、郊外に出るとドイツ語しか通じないんですが、言葉が通じなくても人がすごく優しかった。ちょうど新酒のシーズンで、トラクターの荷台に乗せてもらって町の中を案内してもらったり、ワインを樽から直接注いで飲ませてもらえたり、とても楽しい思い出ですね。

ウイーンのオーストリア分子生物学研究所 (IMBA)と分子病理学研究所 (IMP)

ウイーンのオーストリア分子生物学研究所 (IMBA)と分子病理学研究所 (IMP)

研究所への通勤に利用していたウイーンの路面電車。左に見える建物は研究所の隣のウイーン・バイオセンター

研究所への通勤に利用していたウイーンの路面電車。左に見える建物は研究所の隣のウイーン・バイオセンター

オーストリア分子生物学研究所 (IMBA)の仲間。一番右がボスのJosef Penninger先生。ボスの生まれた町で

オーストリア分子生物学研究所 (IMBA)の仲間。一番右がボスのJosef Penninger先生。ボスの生まれた町で

オーストリアの世界遺産 ハルシュタット湖(隣はご主人)

オーストリアの世界遺産 ハルシュタット湖(隣はご主人)

───その後、秋田大学で研究室を率いることになるわけですね。

夫が先に日本に戻っていたこともあり、日本でのポストを探していたところ、秋田大学で群馬大学と連携したグローバルCOE(世界をリードする人材を育成するためのプログラム)が動き出していて、主任研究員を募集していました。幸い、2008年に主任研究員の職を得、その後現職に就いて、秋田大学で研究を続けています。先ほどお話ししたDHA由来のインフルエンザウイルスの増殖抑制物質の発見もそうですが、秋田から世界に通用し、発信できるような研究をしていきたいですね。
大きな科学的発見には、それがバーチャルなものであっても、科学共同体というべきものが形成されていて、意見をぶつけあい、刺激しあい、協力しあい、競いあう環境が重要です。実は科学的発見も個人的なものではなく、そういった科学共同体によって培われているという側面があります。ですから世界のどこにいても、専門としている研究に関する共同体の発信するシグナルから目を離さず、できればそのシグナルのベクトルを決定するような研究者でありたいと思います。

───中高校生へのメッセージがあったら、お聞かせください。

10年近く海外で研究生活を送ってみて、確かに日本は良い国だと思います。外国に行くと、日本の方が良いと思って帰って来る人も多いと思います。しかしそれでも、あえて、将来外国に行って、住んで、仕事をする(あるいは大学で学ぶ)といった経験をしてほしいと言いたいです。肝心なのは、新しい事物に接することよりも、一旦“ゼロ”になって、すべてのことを異なる目で見ることを学ぶことだと思います。そういったことが楽しんでやれる職業の一つが生命科学者です。皆さんもチャレンジしてみませんか?

先生の研究室にはダルマが並んでいる。著名な雑誌に論文が掲載されると両目を入れるのだという。

先生の研究室にはダルマが並んでいる。著名な雑誌に論文が掲載されると両目を入れるのだという。

(2013年8月27日取材)

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