この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

線虫のゲノム解析が教えてくれるもの

───こうして線虫の研究が新しい時代へと突入しつつある中で、先生も線虫の発生の謎を遺伝子レベルで探る手法を進化させていくわけですね。

RNA干渉を使った研究が世界的に始まったばかりの頃です。発生の過程で線虫のからだの中で実際に何が起きているかを調べるためには、このRNA干渉のしくみを使うのが最適だと考えました。そこで、国立遺伝学研究所の小原雄治先生に提供していただいた6000個の遺伝子ライブラリーを鋳型に用いて二本鎖RNAを合成し、線虫の遺伝子を体系的に破壊し、個体レベルでゲノム全体の機能解析を行ったのです。
RNAを導入するにはいくつかの方法がありますが、生殖腺にRNAを注射する従来の方法では手間がかかってしまいます。そこで、線虫をRNAの溶液に入れて泳がせると、全身の細胞にRNAが取り込まれるという「Soaking法」を効率化する手法を考案しました。そして6000の遺伝子のうち、約30%が個体発生に必須であり、さらにその約半数が胚発生で重要な役割を果たしていることを明らかにしたのです。

───6000も遺伝子を調べるなんて気が遠くなりそうです!

そこが線虫のいいところで、さきほどお話したように孵化するまでで14時間、最初の10時間でからだの形ができますから、1日で結果が出るわけです。Soaking法の改良によって、大規模な機能解析が行えるようになったので、やり遂げることができました。
まず発生過程で必要な遺伝子かどうかを一次スクリーニングして、そのあと、発生のどの部分に必要なのかを二次スクリーニングして顕微鏡で観察していきます。そして、細胞の数が少ないまま分化が止まってしまうとか、特定の細胞に分化しない、運動能力に異常が生じる、細胞のかたちがおかしいなど、さまざまな表現型で遺伝子をグループ分けしました。
現在は、その結果をもとに、線虫の細胞が非対称分裂をして運命の異なる細胞をつくり出す際にどのようなメカニズムが働いているのか、細胞分裂軸の位置がどのように決定されるかや、胚発生後期の形態形成期にどのような遺伝子が関わっているかなど、発生過程の時間的空間的なメカニズムをライブイメージングを活用して調べています。

線虫胚発生過程。上段:線虫受精卵の最初の細胞分裂。中段:生殖顆粒(緑)の生殖細胞系列への分配。下段:形態形成過程における表皮細胞の変形

▲線虫胚発生過程
上段:線虫受精卵の最初の細胞分裂。中段:生殖顆粒(緑)の生殖細胞系列への分配。下段:形態形成過程における表皮細胞の変形

▲線虫の表皮形態形成
胚発生後期の形態形成期では、表皮細胞の移動と形態変化によって前後軸方向に胚が伸長する。PAF1複合体が重要な役割を果していることを発見した。

───線虫の発生メカニズムを調べることはどんな意義がありますか。

線虫のゲノムの数は約2万。ヒトのゲノムは2万2000から2万5000ですから、数としてはそれほど変わりがなく、ヒトの遺伝子の6~7割は線虫にその原型があることがわかってきました。また、ヒトの細胞数は約60兆個もありますが、線虫は959個と非常に少ないうえに、細胞が透明であるため、細胞内で起きている現象を詳細に解析することができます。つまり、線虫の遺伝子の役割を調べることで、ヒトの遺伝子や、生命がかたちづくられていく不思議に迫っていくことができるのです。

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