この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

Y染色体を持たない不思議なネズミがいる!

───先生の研究内容について教えてください。

一言でいうと、生物の性が決まる仕組みについて研究しています。生物の性決定の仕組みは、多様性に富んでいて、いろいろな仕組みがあることが不思議で、研究テーマとして実におもしろいんです。その中で、自分が哺乳類なので(笑)、ヒトを含めた哺乳類や身近な動物である鳥類の性決定の仕組みを研究しています。
ヒトの場合、細胞の核の中に22対の男女共通の常染色体があり、ほかに男性ならXY、女性ならXXの性染色体を持っています。つまり、Y染色体を持っていると男性になるのですが、それは、Y染色体に「SRY(Sex Determining Region on Y)」という性決定遺伝子があり、SRY遺伝子のスイッチがオンになると「生殖腺を精巣にしなさい」という指令が出て精巣がつくられ、男性ホルモンが分泌されていくからです。
こうしたSRY遺伝子が引き金になって性を決定する仕組みは、ヒトだけでなく、地球上に生息する約4400種の哺乳類のほとんどすべてが同じルールとなっています。
ところが、北大の松田先生の研究室で、私はこうした哺乳類の性決定の常識を覆す哺乳類に出会ったのです。

───いったいどんな哺乳類だったのですか。

北大には理学部附属の動物染色体の研究施設があり、そこで貴重な動物の細胞を保存していました。その中に南西諸島に生息するトゲネズミの細胞があったのです。松田先生はこのトゲネズミも対象に研究されていました。実は、トゲネズミの中でもアマミトゲネズミ、トクノシマトゲネズミのオスには、哺乳類ならあるべきY染色体がないんです。これは染色体の研究をしている私にとっては、「えっ、Y染色体がないってどういうこと?!」「Y染色体がないのにオスがいるってどういうこと?」と、もうびっくり仰天したものです。
でも、性染色体の研究対象としてはこれ以上ないおもしろい動物なので、なんとか研究したいと考えていました。ただ、トゲネズミは天然記念物に指定されており、捕獲したり傷つけたりしてはならないという制約があり、そうそう研究できる対象ではありません。当初は1年も研究できるかどうかという状況でした。
それがラッキーなことに、絶滅危惧種であるトゲネズミを保全しようという動きがあり、国の許可を得て、保全のための捕獲調査活動のグループに参加することになりました。捕まった個体のしっぽの先を切って細胞培養できるほか、たまたま死んだトゲネズミが見つかったときは、それを研究資材として使うことができたのです。それから10数年、トゲネズミの研究を続けていられるのは、もう奇跡ですね。

奄美大島でのトゲネズミ調査。真ん中、ピンクの上着が先生

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奄美大島でのトゲネズミ調査。真ん中、ピンクの上着が先生

───Y染色体を持たないトゲネズミは、どのようにして性を決めているのですか。

トゲネズミはY 染色体を持たず、またSRY遺伝子も、さらにオスにとって大切な精子形成に必要な遺伝子も持っていません。Y染色体以外の染色体にもこの2つの遺伝子は見つからないのです。それにもかかわらず、オスがちゃんと有性生殖をしているんですね。
私は、SRY遺伝子に代わる性決定遺伝子が常染色体のどこかにあり、その遺伝子が性決定のスイッチを入れているのではないかと考えています。ただ、ではどの常染色体にその遺伝子があるのかなど詳しいことは分かっていません。今私たちは、トゲネズミの新たな性決定遺伝子を見つけ出そうと一生懸命研究しているところなんですよ。

───そのほかの動物の性決定の仕組みはどうなっているのですか。

脊椎動物では、性決定の仕組みはほぼ同じです。けれども、動物種によってスイッチを入れる遺伝子に違いがあります。鳥類、魚類の一部や爬虫類のヘビ類などは、SRY遺伝子は持っていないのです。ではどんな遺伝子なのかについては今のところまだ分かっていません。
性決定遺伝子を見つけるのはかなり難しい作業で、メダカやアフリカツメガエルは比較的早く発見され、その後からトラフグ、ニジマスなどの魚類の性決定遺伝子も見つかっていますが、まだ見つかっている遺伝子はごくわずかです。

───先生が取り組んでおられる鳥類の性決定メカニズムについてはいかがですか。

鳥類はZ染色体とW染色体の2つの性染色体を持ち、ZZでオス、ZWでメスとなります。Z染色体上のDMRT1という遺伝子が性決定遺伝子の候補として考えられていますが、本当にそうかどうかは分かっていません。ただ私たちの研究で、ヒトでは血液細胞を作る働きをもった「ヘモゲン遺伝子」が、鳥類の性決定の初期に精巣決定に働く遺伝子であり、この遺伝子をメスになるはずの胚に導入するとオスに性転換することが2013年に明らかになりました。今後さらに鳥類の性決定の謎を探求していきたいですね。

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