この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

身近な蚊ですら、わかっていないことが多い

───先生の研究についてお聞かせください。

私の研究課題は多岐にわたり、なかなか一つに絞り込むのが難しいのですが、一例として「マラリア媒介蚊における腸内細菌の研究」についてお話ししましょう。
マラリアは、マラリア原虫をもつハマダラカなどに血を吸われることによってヒトの体内にマラリア原虫が侵入して起こる感染症です。このマラリア媒介蚊の腸内にマラリア原虫が取り込まれる時、蚊の腸内でどんなイベントが起こるのか?蚊の腸の中には、私達ヒトの腸と同じように、多様な腸内細菌種が棲んでいます。私の研究室の大学院生が、ネズミに感染するマラリア原虫と媒介蚊であるハマダラカを使って、蚊の腸内細菌の一つであるセラチア菌が、蚊の腸内でマラリア原虫の増殖を抑制することを発見し、さらにマラリア原虫を抑制する働きをもつセラチア菌遺伝子の特定にも成功しました。

───そのセラチア菌はどこの国の蚊の腸内にもいるのですか。

私達もそこに興味を持ちました。それを確かめるために、大学院生を連れて西アフリカのブルキナファソという国に向かい、そこでマラリアを媒介する種の蚊を採取して調べました。その結果、いろいろな村の蚊の腸内細菌叢から多様な種類のセラチア菌が見つかりました。セラチア菌にも細長いものや丸いものなどいろいろなタイプがあり、細長いものほどマラリア原虫の増殖を抑制する能力が高まることを発見しました。そうした研究の結果、蚊の腸内細菌の特性によって、西アフリカでのマラリアの流行の仕方も変わってくることがわかったのです。

西アフリカでの蚊の採取活動の様子。右端が先生

西アフリカでの蚊の採取活動の様子。右端が先生

───この研究はどのように役立てることができるのですか。

これまでヒトに害を与えるさまざまな害虫に対して、殺虫剤や忌避剤などを使って対処してきました。加えて、私達が発見したセラチア菌を何らかの形で蚊の体内に取り込ませることができれば、蚊の腸内でマラリア原虫の増殖を抑制することができる。つまり、農薬や天敵となる生物などを使うことなく、マラリアの予防に役立つ微生物資材の開発につながるものと見ています。

───先生の研究の面白さはどんなところにありますか。

私の研究対象である“生き物”について、国民の誰もが知っていることです。蚊に刺されたことがない人は、きっといないでしょう。例えば「ゼブラフィッシュ」や「線虫」などと言っても、一般の人はそれが何なのか即座にはわかりません。一方、私が「ヤブカの研究をしています」と言えば、誰でも理解できる。市民公開講座などをすると、私の話に大ウケして、子供からご老人まで質問がどんどん来る(笑)。
ショウジョウバエなどのモデル生物を用いた研究は、最近は細分化されていて、新参者が新しいテーマを見つけるのがなかなか難しい。しかしヤブカやイエバエの生物学では、わからないことだらけなんです。
例えば、蚊の吸血について、酒飲みや汗かき、血液型O型の人は刺されやすいという話は聞いたことがあるでしょう。しかし、一体どんなメカニズムなのか?近年になってようやく、あの蚊の長い口が、刺して血を吸う役割だけでなく、ヒトの熱をキャッチするセンサーの役割を果たしていることが明らかになりました。これは私達の研究グループの成果です。ハエ、蚊、カメムシがどのようにして進化の過程で独特の長細い口を持つようになったのか、また血を吸って満腹になったあと蚊がなぜ離れていくのかなど、謎は尽きません。

───これからどんなテーマの研究を考えていますか。

病原体媒介節足動物の神経行動学の研究を始めています。日本で流行ったデング熱も、病原体を持った蚊が、私たち人間を正しく認識して近寄り、吸血したことに端を発しています。しかし、どのように蚊が人間を認識しているのか、正確なところはまだ未解明のままです。
蚊がどのように血を吸う相手を選ぶかについて、興味深い話があります。過去に「トラクターマラリア」という現象がありました。昔、農村ではどの家も農耕のために牛を飼っていたので、蚊は人間には近寄らず牛の血を吸っていた。ところがトラクターが導入されて牛が不要になりいなくなったところ、蚊が今度は人間の血を吸うようになり、マラリアが流行したというものです。
そこで私がいま構想しているアイデアのひとつは、西アフリカなどのマラリア流行地域の住人に、オトリ動物として「蚊に刺されやすい性質を持たせた家畜」を飼ってもらうことです。その結果、ヒトは蚊に刺されにくくなり、マラリアが減るとともに、食料としての肉も確保できます。まさに一石二鳥でしょう。このように、病原体媒介節足動物の行動を詳しく研究するような基礎的研究も、世界の人々の健康を考える上で大いに意義のあることなのです。

───中高校生へのメッセージをお願いします。

自分がやりたいことを実現するためには、地力が必要です。そのためには、まずトレーニングが第一。今の若い人は、すぐに自分が望むことを最短距離で取りかかろうとしますが、若いうちはまだ本当に自分がしたい仕事はできないことが多い。そこで腐らず、きちんと修行して経験と実力をつけて初めて、自分が一国一城の主になることができます。
冒頭でもお話ししましたが、マリー・キュリーも研究の成果を上げるために、気が遠くなるような地味な努力を積み重ねています。階層の頂点にいるはずのメジャーリーグの野球選手でさえ、日々の練習を欠かしません。ネットで検索できるような簡単なことは、誰でもできます。いかに自己を成長させるか、いろいろな機会を捉えて自分自身を磨く気持ちを忘れないでほしいですね。

(2014年9月19日取材)

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