この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

第32回 蚊やマダニなど、病原体を媒介する節足動物の研究に挑む 東京慈恵会医科大学 熱帯医学講座教授 嘉糠 洋陸

Profile

嘉糠 洋陸(かぬか・ひろたか)
1973年山梨生まれ。97年東京大学農学部獣医学科卒業。2001年大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了。同年理化学研究所特別研究員。03年米国スタンフォード大学医学部博士研究員、(日本学術振興会海外特別研究員)。04年東京大学大学院薬学系研究科講師、05年帯広畜産大学原虫病研究センター教授に32歳で就任。2011年より現職。専門は病原体媒介節足動物の生物学。

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この夏、熱帯や亜熱帯で流行するデング熱に国内で感染した患者が100例以上報告され、大きな問題になった。デング熱は、デングウイルスを媒介する蚊によっておこる感染症だ。こうしたデング熱をはじめ、マラリアを媒介する蚊、重症熱性血小板減少症候群を引き起こすマダニなどの病原体媒介節足動物の研究をしている数少ない研究者の一人が嘉糠先生だ。先生がこの分野の研究を生涯のテーマと定めたきっかけや、具体的な研究についてお話をうかがった。

キュリー夫人の伝記で研究者のあるべき姿を知る

───どこで生まれ育ったのですか。
3歳ごろの写真。弟さん(右)とともに

3歳ごろの写真。弟さん(右)とともに

山梨県の甲府市です。幼少時代、家がすごく貧しかった。父親は建築関係の肉体労働者で、毎日一生懸命働いてくれていましたが、私を含めて兄弟も多く、ギリギリの生活でした。小学校に入学してもランドセルを買う余裕がなく、スーパーのビニール袋に筆記用具を入れて通学していたくらいです。2年生になった時、1年の担任の先生が自分の子供が使わなくなった隣町の小学校指定のランドセルを「ないよりましだろう」と譲ってくれました。それくらい貧しかった。

───そのころ、家が貧乏であることに、どんな思いを持っていたのでしょう。

自分の生き方を振り返った時、家が貧乏だったことは重要な要素だったと確信しています。貧しくとも一生懸命勉強して功を成し遂げる「蛍雪の功」とまでは大げさですが、私の研究、そして人生の基盤になったことは間違いないです。
もっとも、お金がなくて不幸とか、お金持ちが羨ましいとはほとんど思いませんでした。むしろお金のないことの自由さを感じていたかもしれません。例えば、自分の家が歯科医院なら親から「歯医者になれ」、公務員家庭なら「安定した職業に就きなさい」などと言われたかもしれない。しかし私の場合、これまでの人生で親からそういう指図は一度も受けなかった。後に父は「自分も本当は大学に行きたかった」と述懐していました。目先の自由ではなく、自分の人生を選択する自由を与えてもらった。両親には本当に感謝しています。

───子供のころ、特に影響を受けたことがありますか。

本が好きでした。本を買ってもらう余裕がなかったので、お下がりの本を集め、兄弟で繰り返し読み返していました。文中のセリフを覚えてしまうくらいです。その中に、キュリー夫人の伝記がありました。この本には特にのめり込みました。
マリ−・キュリーは東欧の貧しい家庭の出身でしたが、苦学の末に物理学者として立身出世し、研究に打ち込んでノーベル賞を2回も受賞しました。子供心に特に印象に残ったのが、あの聡明なマリー・キュリーが、ラジウムを精製するために、鉱物の屑を大鍋で熱してかき混ぜるという作業をひたすら続けたこと。このエピソードは、研究者にとって頭の中にあるビジョンを具現化するために、泥臭く手を動かすことがいかに大切かを教えてくれました。
また、マリー・キュリーはラジウム精製法の特許を取得せずに公開しました。特許を取得すれば大財団を作れるほどの大金を手に入れたはずなのに、彼女はそうはしなかった。その結果、ラジウムの医療分野への応用が大きく進んだのです。これを読んだ小学生の私は、「お金儲けはしなくてもいいのだ。生きていくことの価値は、それとは違うところにある」ということを、漠然とながらも知ることができました。

───小学生のころ、好きだった科目などはありましたか。

勉強よりは、むしろ外で遊ぶのが好きでした。放課後は、草野球などをして遊ぶことが楽しかった。そうそう、近くの池や沼でよくヘラブナ釣りをしていました。ヘラブナ釣りが好きな小学生なんて、今振り返っても珍しい。早朝から塩むすびを持って、日が暮れるまで浮きを見ながらずっとアタリを待つ。釣れなくても当たり前、これって子供の遊びじゃないですよね(笑)。よくそんな忍耐力があったと感心します。
暗くなるまで外で遊んでいるタイプでしたが、本を読むのは好きで、図書館から本を借りては読書三昧。あらかたの偉人伝は読み尽くしました。井伏鱒二が好きで、全集を繰り返し読んだものです。

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