───がん細胞と正常細胞の相互作用の研究をスタートしたのは、いつごろからのことですか。
▲ 2009年 全英大会 極真空手 型の部で優勝
大学院時代からあたためていたアイデアですが、ロンドンの大学で自分の研究室を持ってようやく実現できました。ロンドンで自分の研究室を立ち上げることができたことは、研究生活だけでなく、私の人生の最大のターニングポイントでもありますね。当時私は30代でした。日本の大学ではなかなか自分の研究室を持てる年齢ではなく、ドイツでのポスドク生活も終盤で、その後のキャリアを思い悩んでいました。
夜遅くまで実験していたある晩、実験の合間にセミナー室で何気なく『Nature』誌を開いたところ、最初のページに「ラボのグループリーダーを求む」というユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンのMRC分子生物学研究所の広告が載っていたのです。所長のアラン・ホール先生は私の憧れの研究者で、締め切りまで1週間という短期間でしたがとにかく書類を作成して、厳しい選考試験を通って採用されました。
ロンドンの私のラボには世界からいろいろな研究者が集まってきました。研究スタイルも、生活習慣も文化的バックボーンもばらばらのラボメンバーを相手に、それぞれに合った教育をし、自分のやりたい研究プロジェクトを推進することは苦労もしましたが、エキサイティングな毎日で、人間的にも大きく成長できたと思います。
結局、ロンドンには8年半滞在して、研究成果をNature Cell Biologyに発表するなど評価してもらい、研究予算がかなり潤沢に出るポジションを獲得しました。そのまま研究を続けていこうとも考えたのですが、北大から声をかけていただいたこともあり、妻も日本に帰りたがっていたことから、日本に帰ってきたわけです。
▲ ヤスラボのメンバーと飲み会
▲ ラボメンバーとのハイキング
▲ ラボにて
───この研究でいちばんエキサイティングだったのは?
ロンドンで研究していたとき、これからどんな研究をしていったらよいのか模索していた時期がありました。自分の研究室を持って3年目くらいのとき、先にお話しした正常な細胞と変異細胞とを一緒に混ぜて実験をしたところ、正常な細胞からがん細胞がはじき出される瞬間を見ることができたんです。わっ、これはすごい、これだ!って思いましたね。
ようやく、自分が突き進んでいく研究テーマが見つかったと身震いしました。
それからは、ロンドンのラボでもすべての精力をこのテーマに注いでいて、北大に来てからもこれ以外の研究はやっていません。やはり研究というのは、一つのことに賭けることによって見えてくるものがある。そういうステージというものがあるんですね。
実際にこのテーマを学会などで発表すると、聴衆の反応が大きいんです。その反応の大きさから、やはり、自分のオリジナリティはこのテーマにあるなと実感しました。
実は、この研究を始めて成果が出るまで8カ月くらいかかったのですが、最初のころは不安もありました。ロンドンの研究室のポスドクたちも、最初はこの実験の面白さがわからなくて手伝ってくれなかった(笑)。それだけに、データをとれた時はうれしかった。
───高校生のころ日記に記した、外国での研究生活を送っているか、アフリカなどの途上国で医療活動をしているという夢をかなえたわけですね、
もうひとつの途上国での医療活動も体験することができました。大学の卒業旅行ではアフリカのケニア、タンザニアなどに行ったのですが、日本とは全く違う文化に出会って魅了されました。ところがタンザニアの島で蚊に刺されて熱帯マラリアにかかり、日本に帰って研修医で働き始めて2日目に熱帯マラリアを発症してしまったんです。一時期危篤になったくらいです。でもその旅でケニアで知り合った日本人のボランティアの人が、ウガンタで診療所を立ち上げるから手伝ってくれというので、その後大学院の始まる前に2カ月間ウガンダでボランティアとして診療を手伝いました。エイズ、フィラリア、マラリアなど日本では診たこともない病人が次々に現れ、とても貴重な経験となりました。
▲ アフリカ(放浪中) ニジェール川の船旅
▲ アフリカ(放浪中)マリの人家にて
───最後に若い人にメッセージを。
妥協しないで自分の面白いとか楽しいと思える道を探して歩んでほしい。それと、もし厳しい道と楽な道の選択があるとしたら、厳しい道を選択してほしい。厳しい道を歩んだ方が上に行けるし、人生の深みを味わうことができると思います。高みに行けばいくほど、その分野の深みや面白味がわかるので、一流というか、上を目指すことが大切だと思います。サイエンスに限らず、トップに上がればそれまでには見えなかったものがきっと見えてくるはずです。
また、サイエンスはワールドワイドです。いまの若い人は内向きだとも言われますが、ぜひ世界を相手にキャリアを磨いてほしい。学生たちが海外の研究者と共同研究を進めたり、短期間でも他の研究所に派遣すると、自信を身につけ、目をキラキラさせて帰ってきます。活躍する舞台は、世界のどこにでもあるんですよ。ぜひ、オリジナルなアイデアで勝負してほしいですね。
(2014年12月17日取材 2014年2月4日公開)