この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

遺伝子の発現と制御を司るクロマチン機構の謎に迫る

───先生の研究内容をわかりやすく教えてください。

私たちのからだはたった1個の受精卵から、髪、皮膚、眼、心臓、神経などをつくる200類以上の細胞に分化してできています。それぞれの細胞は、みな同じ遺伝情報を持っているのに、なぜ皮膚細胞になったり神経細胞になったりするのか、それが生物学におけるビッグ・クエスチョンだったのですが、近年その謎が少しずつわかってきました。

───どんなメカニズムなのですか。

私たちのDNAは細胞の核の中の染色体上にあって、その長さは約2メートルあります。ヒトの一個の細胞の核は直径わずか5マイクロメートル程度で、そんな小さな中に2メートルものDNAが収納されるのは、ヒストンというタンパク質にDNAが幾重にも折り畳まれて巻き付いているからです。このDNAがヒストンに巻き付いた状態を「ヌクレオソーム」といい、ヌクレオソームが数珠状につながって「クロマチン構造」を形作っています。
同じ遺伝情報を持っているのに、なぜ皮膚になったり神経になったりするかというと、このクロマチン構造の状態が異なっているからです。完全に折り畳まれたままではDNAの遺伝情報は読み取られず、少し開いている状態の時に読み取られるのですが、皮膚になる場合は皮膚に必要な遺伝子だけが読み取りやすく、神経になる遺伝情報は読み取りにくい状態になっている。こうして、遺伝子のオンオフが制御されていると考えられているのですが、その詳細な仕組みはまだわかっていません。私たちの研究室では、このクロマチンの構造とそのメカニズムを明らかにしようとしているのです。

───胡桃坂先生の研究室のオリジナリティはどんなところにあるのですか。

クロマチン構造について研究しようとする場合の一般的なアプローチは、分解能の高い顕微鏡を使って、細胞の中を見ようとする静的で要素還元的なものです。でもそうした方法では、状況に応じて変化するクロマチン構造の動的な構造の詳細はわからないと考え、私たちの研究室では、実際にクロマチン構造を自分たちの手でつくり出そうと取り組んでいます。

───いったいどんなふうにしてクロマチン構造をつくるのですか?

プロセスを単純化してお話しすると、バクテリアなどにつくらせたDNAや純度の高いタンパク質などの「部品」を用意して、試験管の中で混ぜ、時間をかけて塩濃度を調整していくと、きれいにDNA が巻き付いたクロマチン構造ができるんです。この技術・研究に関しては私たちのラボは世界でもトップを走っていると自負しています。こうしてつくり上げた染色体やクロマチン構造がどうなっているのか、どのように構造が生体内で変化していくのかをX線結晶構造解析などの手法を用いて詳細に研究していきます。

───これまでの研究での一番の成果は?

染色体の中心領域のくびれ(Xの交差する部分)を「セントロメア」といい、細胞が分裂して複製される時に遺伝情報を継承する重要な役割を果していると考えられています。細胞分裂の際には、この部分に紡錘体が結合し、セントロメアが両側から紡錘糸で引っ張られ、細胞が2つの娘細胞に均等配分されます。ヒト染色体のセントロメアでは、タンパク質の種類が染色体のほかの部位と違っていることが知られていて、私たちはセントロメア部分の構造を再現して、世界で初めて原子分解能で構造解析をし「Nature」誌に発表しました。

染色体中心部のセントロメアは、細胞分裂の際、紡錘糸によって両側から引っ張られ、2つの娘細胞に均等配分される

染色体中心部のセントロメアは、細胞分裂の際、紡錘糸によって両側から引っ張られ、2つの娘細胞に均等配分される

セントロメア領域で見られるクロマチン構造モデル

セントロメア領域で見られるクロマチン構造モデル
右は通常のヌクレオソームの基本構造。ヒト染色体の細胞分裂の際には状態が変化し、折り畳まれたDNAの両端が通常とは異なり外側に開いた構造となる場合があり(左)、他とは異なるタンパク質を取り込んだ特殊な立体構造となっていることを明らかにした

───研究の面白さはどんなところにありますか。

私はミュージシャンをめざしていたわけですが、ものをつくる、クリエイティブという意味では研究も似ています。演奏によって人を喜ばせ感動させるのと同じように、サイエンティストも、自分の発想で得られた結果によって、生命の神秘の一端を示し「すごい!」と人を感動させることができます。もっとも、多くの人に感動を与えるような研究成果は20年に1~2回しか体験できません。それでも、そんなすごい研究成果をもう一度出してみたいという思いが研究のモチベーションになっていくんです。今は、研究という夢を追っていると言えるかもしれませんね。
クロマチン構造の研究を通じて、遺伝子情報の発現メカニズムが解明できれば、たとえば染色体異常による疾患や、細胞のがん化など遺伝子発現メカニズムの異常を修復することも将来的に可能になるかもしれません。遺伝子発現の根幹に迫る研究は実にわくわくしますよ。

───最後に中高校生にメッセージをお願いします。

レーサーでも俳優でもミュージシャンでもいい。何かになりたいと、ドリーミングであってほしいですね。中高校生の頃はそうした夢を持つけれど、だんだん大人の社会の現実の前で夢を無くしてしまうのはさみしいですね。夢を抱き続けることは困難ですが、せめて高校生時代は夢追い人であってほしい。そして、もしできることなら、そうしたドリーミングな仕事のひとつに研究者を入れてもらえれば、こんなに嬉しいことはないですね。

(2015年3月24日取材)

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