この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

遺伝子プログラムだけではない細胞の運命の決まり方

───花嶋先生の研究について、わかりやすく説明してください。

私たちの脳の大脳皮質は、いろいろな種類の細胞からできていて、多様な情報を処理する非常に複雑な器官であるといえます。そんな大脳皮質を顕微鏡で観察すると、ものすごくきれいな法則性を持って並んでいて、まるでバウムクーヘンのような6層に分かれています。
この層はすべて均等の層ではなく厚みが違っており、それぞれの層によって視覚・聴覚・体性感覚などの情報を処理する「領野」を形成しています。つまり、大脳皮質はものすごく複雑に見えるけれども、実は理路整然とした細胞の並び方をしていて、その並びが見る・聞く・触るなどの脳の機能の単位になっているんです。
私たちは、そうした複雑で、しかも整然とした大脳皮質の層が発生学的にどのように形作られていくかを研究しています。

大脳皮質の6層構造。右側が表層。図版右から左に第1層(シアン)、第2・3層(赤)、第4層(緑)、第5・6層(濃い青)。
大脳皮質の6層は、たとえば、第4層では顆粒細胞が集まり、第 2/3層と第5層では錐体細胞が層をつくるなど、それぞれの層で性質の似通った細胞が層をなしている。この6層を視覚野や感覚野などの領野が縦(垂直)に貫いていて、大脳皮質は6層からなる水平の層と、垂直な領野とが3次元の構造をつくっている。

───大脳皮質の神経細胞はどのように発生し、形作られていくのですか。

大脳皮質の神経細胞は100種類近くあると考えられていますが、これらの神経細胞が形作られるには、まず限られた数の幹細胞があって、1つの細胞が2つに分裂して、さらに2つが4つというふうに分裂していきます。そうして分裂していく中で、もともとは共通の幹細胞から生まれた神経細胞でも、どんどん分かれていって、先ほどお話ししたようなきれいな6層を形作り、最終的には全く違った機能を持った神経細胞になるのです。
研究室の目的としては、まだ運命が決まっていない幹細胞がどのように分かれていくのか、そのメカニズムを探ることで、脳の機能の成り立ちを解明しようとしています。

───どんなメカニズムなのか、わかりつつあるということですか。

そうですね。当初は、脳細胞の機能が分化していくのは、初めからプログラムが定まっていて、なるべくしてなるのだというふうに考えられていました。けれど、研究を重ねていくうちに、神経細胞はプログラムでガチガチに固められているわけではなく、周りの様子をうかがいながら、細胞同士で情報をやり取りして、キミがその細胞になるなら、ぼくはこの細胞になろうなんて、コミュニケーションを取りながらそれぞれの細胞の運命が決まっていくタイプが存在することがわかってきたのです。
大脳皮質の神経細胞は多くの種類で構成されています。あまり同じ種類の細胞ばかりが作られてしまうと細胞の多様性が失われてしまいますね。そこで、お互いの細胞が調整しあって、大脳皮質としての機能が果たせるように分化していくのだと思います。

───なぜ、大脳皮質の神経細胞はそうしたことができるのでしょう。

脳は、周りの環境を巧みに読み取って情報処理をする必要があります。したがって、脳の幹細胞は周囲の変化に敏感にできているのではないかと、私たちは考えています。目からの光の刺激が引き金になって、目の情報を処理する細胞になろうとか、脳科学でいうところの可塑性が生まれるのだと考えられます。
大脳皮質の細胞がどんな種類の細胞になるかは、(1)遺伝子のプログラムによる場合、(2)先ほどお話ししたように細胞同士がコミュニケーションを取り合う場合、(3)外からの物理的、化学的な刺激に応答する能力、この3つによって細胞の運命が決められていくと私たちは考えています。

───3つの要素のどれが働いて運命が決まるかなどはわかっているのですか。

3つの要素のうち、最も多いのは遺伝子のプログラムによって細胞の運命が決まるもので、特に発生の早い段階では、遺伝子のプログラムによってきっちり決められている場合が多いようです。どの脳でも、この細胞は必ずつくらなければならないという細胞がありますから、そうした細胞は遺伝子が決めていく。それが、次第に脳の神経細胞ができていくうちに、この細胞種はもうできているから足りない細胞種をつくろうとか、もう十分にこの種の細胞はできているから、つくるのはやめようとか、そうしたシグナルが幹細胞に働いていることが、最近の私たちの研究からわかってきました。

───それはどんな実験によって確かめられたのですか。

これはマウスによる実験ですが、既につくった細胞種を一度殺してしまうという実験をしています。すると、次の細胞をつくり始める準備をしていた幹細胞が、シグナルが幹細胞に送られてこなくなったことから、あっ、まだ十分にできていないじゃないかと思って、もう一度同じ細胞種をつくるようになるんです。
そうした実験から、大脳皮質の細胞たちはお互いにコミュニケーションを取り合っているのは確かなんですが、それだけではなく、いくつ、どんな細胞があるのか、そうした情報を巧妙に読み取っていく仕組みがあることが解明されてきています。
大脳皮質の神経細胞の発生の秘密は、まだわからないことが多く、実験をしてみると予想に反した結果が出ることもしばしばあります。こうした研究を積み重ねていくことによって、脳細胞の発生やその機能について新しい発見につながっていくのではないかと考えています。

大脳皮質の神経細胞は、脳の深部にある脳室帯で増殖し、最終的に配置される場所に向かって自ら移動していく。その際、早くできた神経細胞がより深層に、後からできた神経細胞が表層側に分布する「インサイド・アウトパターン」を取りながら、皮質を形成する。こうした順序で層が形成されるためには、Robo1という受容体の働きが必要となる。この受容体を欠損させると、先に生まれたニューロン(緑)を後から生まれたニューロン(マゼンタ)が追い越すことができず、正常な「インサイド・アウトサイド」パターンの層形成ができなくなる。

───最後に中高校生へのメッセージがありましたら。

私は中学、高校時代はバレーボールに明け暮れていて、勉強に手がつかなかった時期もあるけれど、研究生活に必要な体力は養われたかな(笑)。進路選択は悩むことも多いですが、自分が一番やりたいと思ったことをやり遂げることが大切だと思います。
自分が女性の研究者であることは特別意識したことはありません。そういう意識をしなくても研究生活を送れるのがいいことだと思っています。最近、脳科学分野など生命科学への関心も高まってきていますが、その中で女子高生などもセミナーなどに大勢参加してくるようになりました。科学研究に関心を持ったら、頑張って挑戦してほしいですね。

(2015年10月22日取材)

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