この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

SFを通して生命科学の進歩や再生医療の社会受容を探る

───八代先生はSFにも詳しいと聞いています。

子どものころからガンダムが普通にあった世代ですから、SFは身近な小説ジャンルでした。小松左京や筒井康隆などを読み、現在の価値観の枠組みを超えたポストモダンと言われる世界に魅力を感じましたね。
ただ、海外のSF作品は敷居が高い感じで、たぶん最初に手にとった本が悪かったんでしょうが、J・G・バラードの『結晶世界』なんて、名作と言われて読んだけれど、いったい何なのか、意味が分からないという感じでした(笑)。
大学生になって読み返して、やっとその面白さが分かりましたね。
再生医療に関心を寄せるようになっても、SFはずっと読んでいました。中内先生の研究室にいたとき、中内先生と共著の形で『再生医療のしくみ』という本を執筆したのですが、その中で、臓器移植のためのクローンとして生きる主人公が現実世界への脱出を試みる『アイランド』というSF映画や、手塚治虫の『ブラック・ジャック』などを取り上げながら、SFとES細胞、再生医療、新しい生命観などについて触れました。

───その後iPS細胞が樹立され、マスコミをはじめ社会の注目を集めることになって、先生はiPS細胞に関する本も出版されましたが、その中でも、SFの始まりと位置付けられている『フランケンシュタイン』について触れていますね。

京都大学の山中伸弥教授がヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)の樹立に成功したのが2007年11月です。世界中から注目が集まるなか、ある出版社から「iPS細胞について書いてくれないか」と打診があってまとめたのが、『iPS細胞 世紀の発見が医療を変える』です。
「フランケンシュタイン」について触れたのはその「終章」ですが、私はそこで生命科学の進歩とSFとが密接な関係があることを盛り込みました。
作者のメアリー・シェリーが生きた19世紀は、ダーウィンの進化論や、生物がすべて細胞でできていて細胞が生物の基本単位であるとする「細胞説」が登場し、生命科学の基礎が築かれた時期です。おそらく科学が生命の根源に迫ることへの恐れが、フランケンシュタイン誕生の背景にあったと思うのです。
私は、ES細胞、iPS細胞、再生医療などを語るときには、生物学の歴史に触れなければならないと考えていて、これまで出版した『再生医療のしくみ』や『iPS細胞』でも、宗教とES細胞の関係や生物学の歴史的などの記述にページを割いているので、「これはiPS細胞の本ではない」などと批評されるんです(笑)。

───再生医療と社会、そして生命倫理について取り組むようになったのは、どんなきっかけなんでしょう。

そんな本を書いているうちに中内研のOBである、松崎由未先生から慶應義塾大学の岡野栄之教授を紹介され、社会との関係について研究していい、ということで、研究を始めました。その後、このインタビューの第1回に登場した、東京女子医科大学先端生命医科学研究所の大和雅之教授とある会合でご一緒させていただいたとき、大和先生もSF映画「ブレードランナー」が大好きで、ポストモダン全盛のころに学生時代を過ごされたということもあってすっかり意気投合しました。そんな縁もあって、先端生命医科学研究所で引き続き再生医療と生命倫理の研究をすることになったのです。

───SFは私たちの想像力の地平を拡大してくれる読み物だと思いますが、再生医療とSFについて考えるにあたって、SFが果たす役割は何でしょうか。

私自身は、SFにあまり啓蒙的な役割は期待していなし、押し付けたくないんです。そこに何が描かれ、どう語られているかを見ていくことが重要だと思っています。
SFを読んだ読者が小説の中に描かれているテクノロジーについてどう感じているか、最先端の技術について一般社会がどう評価しているか、SFはそれを占うバロメーターになると思います。
したがって生命科学の研究者にとっても、SFを通じて社会がどんな球を投げ返してきたのか、どんなテクノロジーを嫌だと感じているのか、私は「社会受容」と呼んでいますが、それを知る絶好のツールとなります。「あれはエンターテイメントだから」とか「文学の中でもSFはサブカルチャーだよ」などといわずに、生命倫理についてのコンセンサスをつくる際の参考にしてほしいですね。

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