この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

専門家と一般市民のギャップを埋めて議論したい

───再生医療と生命倫理についての研究は具体的にどのように進めるのですか。

方法はいろいろありますが、私のアプローチは主に次の3つです。
まず、SFやフィクションを題材にして、過去の歴史を比較検討して生命科学がどのように受け入れられてきたのかを見る方法、次が新聞やメディアの中で生命科学がどのように取り上げられているのか、そのときの文脈はどうなのかを単語などを調べてテキスト解析をする方法、そしてアンケートやグループインタビューなどによって人の意識を測定する方法です。

新聞の膨大なテキストの中から、再生医療に関連するキーワードが、どんな文脈や語句とともに登場するか、出現頻度や相関関係、時系列などを分析。この場合は「幹細胞」とともにどんな言葉が強いつながりを持つかを示す。ES細胞の登場時に比べると、「倫理」という言葉とのつながりが弱くなっていくことが見える。(成城大・標葉隆馬先生との共同研究)

───そうした研究を通じて、先生はどんなことを訴えようとしているのでしょう。

再生医療の臨床応用について、専門家と一般市民や社会通念の間にはギャップがあります。そうしたことを踏まえたうえで、何がお互いに分かりあえるのか、分かりあえない要因や違和感の原因は何かを明確にして、そのギャップを埋めて議論をしていく道筋をつけたいと考えています。ある技術や研究に対して知識が深まったからといって、その研究に必ずしも好意的となるわけではない、ということはこれまでの社会調査から明らかになっています。それでも、知識のギャップを埋めつつ、分からないことは分からない、許せないことは許せない、そうした議論をすることがむしろ建設的ではないでしょうか。

2010年度に行った郵送調査で、全国の20代~70代の男女約3000名と、日本の再生医療研究者約900名から回答を得た。再生医療の推進や実用化に要する期間については、一般市民と研究者との間にそれほど大きな違いはなかったが、移植目的でキメラ動物をつくることについては、許されないとする一般市民が多い。

───これからどんなことをテーマに研究しようと考えていますか。

再生医療がこれからさらに進んでいくことは間違いないと思いますが、生命科学についてのきちんとした考え方を社会の中に根付かせていきたいですね。いま、市中の一部クリニックでは、再生医療という名のもとに何のエビデンスもない医療行為が行われています。患者さんにとってはそうした医療行為に、藁にもすがりたいという気持ちから近づいてしまうのでしょうが、その前にその再生医療なるものが生命科学的に見て信頼できるものかどうかを社会の共通基盤として考えられるようにしたい。私たちが生きていくベースに、生命科学の正しい理解の上に立った価値観を持てるように、そしてそのためにいささかなりとも貢献ができればうれしいですね。

───実際にそれを日本の社会に根付かせるためにはどんなことが大切だと思われますか。

私はただ座って研究しているというタイプではないので、トライアンドエラーの繰り返しをするしかないなと思っています。現場で人と会って話をする、その中で情報を収集し、データを集めて、前に進めていくようにしています。
近年、研究の成果や実用可能性が要求されるあまり、いかに功利的に有用な発見ができたかといった形でリリースされることが多く、マスメディアもそのことを強調しがちです。そのため、ややもすると、たとえばiPS細胞による治療がすぐにでもできるような錯覚にとらわれてしまいます。治療効果にしても、医師は完全に治らなくても再生医療を使うベネフィットがあると思っても、市民は完全に治ることを求めるといったギャップが生じてきます。こうした専門家と一般市民のギャップを埋めるために、専門家側のどういった情報発信が大切か、相互のコミュニケーションが有効なのかを探っていきたいと思います。

───最後に中高校生にメッセージをお願いします。

文系、理系と分けがちですが、その間をとりもつものの一つは歴史なんじゃないかと思います。歴史というと政治とか経済だけという気がしてしまいますが、化学にも歴史はあるし、生物学にも歴史はある。自分が好きな学問領域にはかならず背負っている歴史があるはずなんです。ですからどちらかだけの勉強をするのではなく、理系であれば自分が好きな対象の研究の歴史を学んでみることで、社会とのつながりがみえてくるし、文系であっても社会の変革、価値観の変革の背景にある理系の知識、進化論なんてその最たるものですが、それに興味を持つことができるのではないでしょうか。そうして幅広く学ぶことで、「文系、理系」なんてつまんないくくりを滅亡させてほしいですね。

(2015年11月17日取材 2016年1月28日公開)

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