この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

生きたマウスの細胞増殖を映像でとらえる

───松田先生がシグナル伝達のイメージングへと研究の舵を切ったのはなぜですか。

その後、10年ぐらいは、どの分子とどの分子がくっつくのか、次々に新しい組み合わせが見つかり、論文をどんどん出していったのですが、いささか行き詰まりも感じていたのです。どの分子同士がくっつくのかを模式図で示したところで、連続する時間のいつの時点で、また細胞内のどこでどのようにその現象が起きているのか、時間的空間的情報はわかりません。実際に可視化して情報伝達系をシステムとして理解したい、と考えました。
そこで、日本におけるバイオイメージングの先駆者である理化学研究所の宮脇敦史博士と共同研究を始めることにし、がん遺伝子の分子活性のイメージングに取り組んだのです。

───可視化できると、どんなメリットがあるのですか。

細胞増殖シグナルは細胞外からきて、最終的には核に到達します。可視化することにより初めて、シグナル伝達分子が細胞のどこで活性化されて、どうやって核までシグナルが到達するかを理解することができます。がんはこの細胞増殖シグナル系が傷つくことによって発症する病気です。細胞がどのようにしてがん化するのか、細胞の増殖や分化、変性などの過程を目に見えるようにすることができれば、がんという病気の発症や進行をより深く解明することができ、治療法や薬の開発に結びつけることができます。

───当時、イメージング技術はどの程度進んでいたのですか。

線虫の神経細胞がオワンクラゲのGFP (蛍光タンパク質)で光る様子が「サイエンス」誌に掲載されたのが1994年、細胞内のカルシウムイオン濃度を測定できるイメージング技術を開発したロジャー・チェン博士が、その技術を進化させていったのも90年代半ば以降で、2000年に入ると、デジタルカメラの技術が進歩し、顕微鏡の性能も飛躍的に向上していました。細胞内のシグナル伝達を可視化しようとする私たちの研究と、そのためのツールの進化がぴったり重なった時期ですね。

───そうすると、とんとん拍子に可視化できたのですか?

いやいや最初は手こずりましたねぇ。通常、分子活性を見るための蛍光バイオセンサー(機能性分子)は、大腸菌で作成した精製品を使うのが前提となっていたのですが、何度やってもうまく光らない。多くのポスドクがこの段階で敗退したと聞いています。それで、ダメでもともと、これでうまくいかなかったら諦めようと、大腸菌でなく培養細胞でやってみたのです。これがブレークスルーになりました。大腸菌ではタンパク質を大量につくろうとするためきれいに折りたたまれないのですが、培養細胞の場合、量はそれほど取れなくとも、タンパク質がゆっくり折りたたまれるため、光るものがたくさんできるのです。

───先生たちが取り組んだ代表的なイメージングの例を教えてください。

この動画をご覧ください。左が通常顕微鏡像で、右が蛍光バイオセンサーを使って細胞のがん化にかかわるRasタンパク質の分子活性を示したものです。細胞に増殖刺激を与えると、隣に細胞がいない左上の部分で細胞膜が激しく動き、そしてここでRasタンパク質の活性が高くなるのがわかるでしょう。この実験でRasタンパク質は、細胞のいない部分があって、細胞が増えるスペースがあるときにだけ活性化することがわかりました。人のがんの3割にこのRasが常に活性化するような変異が入っています。正常の細胞は増えるスペースがないとRasが活性化されないので傷を埋めることはできますが、隣に細胞があると増えません。がん細胞はRasが周囲に関係なく活性化されるので周囲の正常細胞を押しのけて増えていくことができるのです。

以前は一つの細胞の中で情報がどう伝わるかを見ていましたが、最近は、細胞集団の中で分子の活性がどのように変化するかを見ています。このビデオは、いろいろな分子をリン酸化させることで細胞の増殖や分化を制御する「マップキナーゼ(ERK)」が活性化している様子を示したものです。光っているのは細胞の核です。多数の細胞の核でのERK分子の活性を観察したところ、不規則かつ一過性の活性化をすることを発見しました。さらに面白いことに、一つの細胞でERK分子が活性化すると、数分後に隣の細胞でもERK分子の活性化が引き起こされる伝播現象が確認されました。

───イメージングが一瞬の平面的なスナップショットではなく、時間的・空間的なライブ情報を伝えるということがよくわかります。

ただ、いまお見せしたものは、所詮は培養細胞です。私たちの体の中の細胞が培養細胞とはかなり違うことは研究者はみな常識としては知ってはいますが、実際にそれを観察している研究者はほとんどいませんでした。そこで、さらに一歩進んで、実際の生きた組織でどの細胞が活発に増殖しているかを観察しようと考え、蛍光バイオセンサーを全身の細胞に導入したマウスを遺伝子操作で開発しました。このマウスに青い光を当ててみますと、散乱光で青くしか見えません。しかし、青い光をカットする眼鏡をかけますと、緑の蛍光を出していることがわかります。

このマウスの耳に麻酔をかけ、「二光子顕微鏡」という深部まで観察できる特殊な顕微鏡で、耳の皮膚を観察しました。皮膚は細胞増殖が速いので、細胞増殖のシグナルがどのように伝わるのかを観察するに適していると考えたからです。

2年ほど観察を繰り返した結果、ある日、皮膚の細胞が増殖する基底層の部分で、マップキナーゼの活性化がまるで花火のようにパッパッと周りの細胞に同心円状に伝搬していく様子が観察できました。この花火のような現象を私たちは「SPREAD(スプレッド)」と名づけました。これまで誰も見たことのない、細胞増殖の世界初の映像です。

同じ視野を、左が細胞核、右がマップキナーゼ活性を示しています。線状に黒く見えるところは毛です。右下に白く見える集団がSPREADです。

このSPREAD現象は波と同じ性質を持っています。皮膚に傷をつけるとそこでたくさんSPREADが発生するのですが、このときは花火のように伝搬するのではなく、波が融合して傷口に平行に、波が伝搬して遠くまで広がっていくことが確認されました。この現象から、SPAREAD現象が正常の細胞と病気の細胞とでは、異なった伝搬様式をとることもわかりました。

───松田先生のこうした研究の意義について教えてください。

私たちは何十兆個ともいわれる細胞によってできています。がんはこの細胞が傷ついたり変異したりすることによって起きます。がん細胞ががん細胞同士、あるいは周囲の正常の細胞とどのようにコミュニケーションして、それがどのような変化につながるのか、個体レベルで細胞の「こころ」を読むことで、がん細胞がなぜ正常な細胞とは違ったふるまい方をするのかが明らかになるでしょう。一つひとつのがん細胞のふるまいを知ることによって、がん細胞の多様性に新たな光をあてることができ、新規薬剤開発や効果的なスクリーニング、最適な投与方法の開発につながると考えています。

───研究の醍醐味はどこにありますか。

自分の発見にほかの研究者がさらに発見を積み重ねていくことによって、新たな知見やコンセプトが確立され、それが人類の知識として将来につながっていくことが実感できることですね。科学の教科書というのは人類の発見の積み重ねの記録です。教科書に書かれたこの一行は自分の仕事だと思えることが一番の醍醐味でしょう。また、世界の第一線で活躍する研究者たちと同じ仲間としてディスカッションできることは知的刺激に満ちていて、普通に医者をやっていては味わえなかったと思います。

ロックフェラー大学でのシンポジウムにて(前列左から3人目)。
2列目右から2人目:花房秀三郎教授、最後列左:Harold Vermus教授(1989年ノーベル賞)、前列左:濱口道成JST理事長、左から2番目:Robert Weinberg MIT教授

(2016年4月18日取材)

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