この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

廣川信隆先生との出会い

───進学振り分けで、医学部を選んだのはどうしてでしょう?

東大の教養学部には「全学自由研究ゼミナール(全学ゼミ)」といって、普通の授業とは別に自分の好きなテーマを学べる制度があって、これまた生物や物理、数学とかいろいろ顔を突っ込んでいたんですけど、ちょうど進振りの時期に、当時駒場の助教授をしておられた大隅良典先生(オートファジーの第一人者)の研究室に出入りしていたんです。そこで大隅先生に「理学部と医学部のどちらに行ったらいいですか?そもそも医者になるつもりはなく、生物物理の研究をしたいんですけど・・・」と相談したら、「医学部の医者になるための教育に潰されない自信があるなら、将来のポストの面でも研究費の取りやすさの面でも、医学部に進んだ方が圧倒的にトク」と即答され、医学部に進むことを決めました。

───そうして進んだ医学部ではどんな学生生活を? ここでも単位を取りまくったのですか?

こんなことを言うと高校生の読者のためにならないけど(笑)、医学部の講義ははっきり言ってつまらなかったので、医学部の授業はサボれるだけサボって──というのは、今と違って出欠を取るわけでもなく、テストで合格点をとればいいという時代だったので──そのかわり、ほかの学部の授業に潜入していました。物理とか応用物理とか数学とか・・・。それで一度、医学部の教務課から呼び出しを食らったことがあります。理学部の講義の単位を取ってしまって、医学部の学生が他学部の講義を聴講するなんて前代未聞、いったいどうなってるんだと言われた。面倒くさいのでそれからは単位を取らないようにしましたけど(笑)。

───医学部ではその後、モーター分子の研究で知られる廣川信隆先生の研究室に所属するわけですが、廣川先生との出会いは?

医学部の授業をサボってばかりいたころ、本郷キャンパス内で細胞生物学会のシンポジウムが開かれていて、つまらない講義を聞くよりこっちのほうがおもしろいと聞きに行ったところ、廣川先生にめざとく見つけられて・・・。「お前、うちの学生だろ」。怒られるかと思ったら「こういうのに興味があるのか」と聞かれて、「はい」と答えると、「それだったら毎週月曜日に研究室でセミナーをやっているから顔を出しなさい」と言われて、それが医学部に進んだ3年生の5月ぐらいのとき。

───とすると、そのまま廣川研究室に入り浸りに?

いやいやそうでもないんです。先ほどお話したように、物理が谷間の時代だったので、生物物理を研究しようと医学部に進んだわけですが、そのころ生物や生物物理の世界で大問題とされていたものが3つあった。1つは遺伝のメカニズムや発生のナゾ。遺伝についてはワトソンとクリックが二重らせんを提唱しかなり解明されたので、発生生物学にシフトしつつありましたが、今のように盛況ではなかった。2つめが生命現象の基本であるタンパク質とか酵素はどうやって働いているか、その中でも一番典型的な問題として、筋肉はどうやって縮むか、そのメカニズムについて。3つめが脳です。いったい脳はどうやって考えているのか。

当時はどれも解けていなくて、この3分野のうち日本で最も研究が進んでいるのが筋肉の生物物理だというので研究テーマに選ぼうとしたら、実は筋肉の研究は阪大が一番進んでいて、東大では誰もやっていないことを知って愕然としてしまいました。ならば脳にしようと、宮下保司先生の研究室に行こうと考えていたら、直前に入院されて行けなくなった。

そんなとき、廣川先生の授業で、神経細胞の中で物が動いているのをムービーで見せてもらう機会があり、「おっ、動いている!」と思わず目を見張りました。筋肉ではないけれど同じように動いていて、しかもそれが脳で起こっているのだから、脳+筋肉みたいなもので生物物理の3つの大問題のうちの2つの問題が解けるかもしれないと、廣川先生の研究室に決めたのです。結局、その後2011年にQBiC(理化学研究所生命システム研究センター)に移るまでの約20年、廣川研究室に在籍していました。

───廣川研究室では、当初どんなことを研究したのですか?

最初に廣川先生から「やりたいことは?」と聞かれて、答えたのは「動くことがやりたい」。当時はまだモーター分子の「キネシン」が見つかったばかりのころで、アメリカの「サイエンス誌」に載った論文の追試をしてみろということになった。当時、アメリカではロブスターの神経を取り出してきて光学顕微鏡で観察する実験が行われていたのですが、ロブスターは高いのでザリガニでやることになり(笑)、ザリガニの神経を生きた状態で取り出してきて、表面をきれいにして、神経の中の輸送の様子を来る日も来る日も観察していました。

───なぜロブスターやザリガニを使うんですか。

無脊椎動物の神経は0.1㎜ぐらいと太いんですね。それでも、ぐいっとひっぱると死にますから、外科手術と同じように上手に取り出さないとだめですし、表面をキレイにするにしてもやりすぎると死んでしまうので、殺さないように慎重に慎重に・・・。毎週100匹ぐらい観察しましたね。

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