この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

1本足で動くキネシンを発見

───ここで、モーター分子の「キネシン」について教えてください。いったいどんな物質なんですか?

私たちの社会では食べ物や日用品や工業製品の材料などが、トラックや貨物車などを使って全国に送り届けられていますが、細胞の中でも同様に、ある目的のために合成されたタンパク質が、それぞれ必要な場所に輸送されて機能を果たします。このタンパク質の輸送を担う分子を「モーター分子」といい、キネシンはそうしたモーター分子の一種です。いわばキネシンは「細胞内の宅配便」で、細胞の中を走り回ってさまざまな物質を必要なところに送り届けているわけです。

───キネシンが細胞内を通るとき、どんな道路を通るのですか。

細胞内の物質輸送で最もわかりやすいのは神経細胞でしょう。神経細胞が樹状突起の部分で刺激を受けとると、その信号が細胞体で統合されて出力され、軸索を通り、次の細胞へと伝達されます。軸索の中には、微小管というナノスケールの細い骨格線維が何本もレールのように走っていて、キネシンはこの線維の上を移動するのです。モーター分子はせいぜい数十ナノメートル(10ナノメートル=0.01マイクロメートル) の大きさですが、軸索はケタ違いに長く1メートル程度あります。もしキネシンが人間くらいの大きさだとしたら、軸索は地球2周半にも及ぶのです。

細胞内に張り巡らされている微小管(細胞のほぼ全体図)図版提供:岡田康志

細胞内に張り巡らされている微小管(細胞のほぼ全体図)図版提供:岡田康志

───軸索ってそんなに長いんですか!

例えば、私たちの足の爪先に伸びている神経の細胞体は腰のあたりの背骨の中にあって、そこから軸索を爪先まで延ばしているんです。1メートルの長さの軸索はさほど珍しくありません。
キネシンはこれだけの距離を、細胞体で合成されたタンパク質を袋状の小包(小胞) を背負って目的地に送り届けるわけですが、輸送は一方通行ではなく、不要になったタンパク質を分解して逆方向へと運ぶ輸送も担っているのです。

───そうするといろいろな運び屋のキネシンが必要ですね。

その通りです。ザリガニの神経をじーっと見ていると、小さくてやたら速く動くやつもいれば、大きくてノロノロ動くやつもいて、どうみてもこれは1種類ではない、キネシンは実は何種類もあるのではないかと思うようになりました。
実際、90年代に入って遺伝子工学の技術が急速に発達し、キネシンの遺伝子が相次いで見つかりはじめ、私が5年生のころまでに5つぐらいが明らかになりました。それを順番にクローニングして、それぞれの役割やキャラクターをはっきりしようということになったのです。

───先生はどのキネシンをターゲットに研究を進めたのですか。

「KIF1」です。クローニングして配列を見ると、ほかのKIF2、3、4、5のキネシンは分子が2つでペアになった二量体型なのに、KIF1は1分子の状態でした。
ちょうどそのころ、アメリカの研究グループが、キネシンは分子が2個ペアになった二量体になっているからうまく動ける。まるで人が歩くように2本足でレールの上を歩いているという説が提唱され、みんな「そうだ、そうだ」と言っていたのですが、私自身は、1本足でも動けるのではないかと考え、「KIF1の研究をやります!」と宣言したのが大学院に入るぐらいのときでした。

───スムーズに実証できたのですか。

実は苦労の連続で、キネシンは2本足で歩くという“常識”を覆し、KIF1が1本足で動いていることを証明するまでには2、3年かかり、途中、廣川先生からは「もういい加減にして、別のものをやったらどうか」と言われたほどでした。
その後、ついに1本足で動くことを証明することができたのですが、彼らは「それは間違っている」となかなか認めようとしないんです。困ったなあと思っていたら、同じモーター分子であるミオシンの1分子を蛍光顕微鏡で見たという柳田敏雄教授(現QBiCセンター長)の発表を耳にしました。さっそく柳田先生の研究室を見学させてもらったところ、「これなら一人でもできそうだ」と確信。自分で蛍光顕微鏡を作ってKIF1が1分子で動いているところを観察し、動かぬ証拠を突きつけたのです。

ここで大事なのは、自分が納得するだけではサイエンスではないということですね。他人を納得させることが大切ですから、いくら間接的なエビデンスがたくさんあっても説得力が弱い。1個の分子が1個で動いているところを直接見たら、だれももうケチをつけられません。

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