この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

体の左右非対称の構造にKIF3が関与

───2005年には、体にある左右非対称の構造をKIF3が決めていることを突き止める発見がありましたね。

これはもともと私がやっていた研究ではなく、当時の大学院生がKIF3の機能を調べるために、KIF3ができないようにしたノックアウトマウスを作って、それの解析をやっていたんです。

ある日、研究室の休憩スペースでお茶を飲んでいるとき、その大学院生と2人になったので「最近どうだい?」と話しかけたら「廣川先生から神経で何か起こってないかと言われていろいろ見てるんですけど、あまりうまくいってません。でも、心臓が逆になるんですよ」とウツウツとしているんですよ。それを聞いて思い出したのが、医学部の授業をサボっていたころに受けた理学部の生物学科の授業で、担当教授が学会か何かで出られなくなったために代わりに来てくれた講師の先生の話でした。
その先生によると、線毛の機能不全によって起こる「カルタゲナー症候群」という病気があり、症状としては精子が動かないことによる男性不妊、鼻の中の線毛上皮が動かないことによる慢性副鼻腔炎、そして内臓逆位によって心臓が左右逆になるという3つの特徴がある。はじめの2つの症状は線毛が動かないということで説明がつくのだが、なぜ心臓が左右逆になるかは説明がつかなくて不明のままである、ということでした。

───医学部の授業をサボったのが意外なときに役立ちましたね(笑)。

医学部の授業でも習う病気だと思うのですが、サボって聞いていなかったのでしょう(笑)。ちょうどその時期に海外の研究者が藻の一種であるクラミドモナス(コナミドリムシ)の変異体を解析していて、クラミドモナスの鞭毛を作るにはキネシンが必要で、しかもそのキネシンはKIF3に似たキネシンだという論文が発表されたのです。だからKIF3と鞭毛・線毛とは関係があるかもしれないという予想があった。それで、この話を聞いて、これはマウス版のカルタゲナー症候群じゃないかと思ったのです。

───いったい線毛はどんな働きをしているのですか。

1933年にカルタゲナー症候群が報告されて以来、多くの研究がなされていて、胎仔初期に左右を決めるのに重要な役割を果たしている原始結節(ノード)という場所に線毛が生えていることが既に知られていました。

そこで私たちは、このノードにある線毛が動くことで左右が決まるに違いないと考えました。胎仔の中に生えている太さ0.1㎛(1万分の1ミリ)しかない微細な構造なので、普通は見るのが難しいと思うところなのですが、私はザリガニの神経の中でこれより小さい小胞が動くのをさんざん見てきたので、きっと見えるはずだと。

で、実際にやってみると、案外簡単に見えたのですが、意外な結果でした。線毛の動きが左右を決めるのだから、線毛は左から右、あるいは右から左へと動いているはずだと思っていたのです。ところが、すごいスピードでクルクル回っている。何なんだと思ってよく見ていると、胎仔の周りの培養液の中のゴミが流れているのに気付きました。線毛はクルクル回ることで水流を作っていたのです。こうして胎仔の体の右側から左側に向かう水流ができて、この下流の方で体の左側を作る遺伝子がオンになるのです。

KIF3のノックアウトマウスやカルタゲナー症候群では、線毛ができないあるいは動かないために左向きの水流を作ることができず、その結果、左右の決定が偶然に任せられ、半分の個体に内臓逆位が生じるというわけなのです。

マウス初期胚の原始結節(A)とその拡大図(B)
線毛が生えている様子(C)
(N:原始結節 L,R,P:左,右,後ろ)
野中ら1998年「Cell」95巻6号829-837頁より許可を得て転載

ノードの線毛が回転することにより、右から左への流れが生じる
田中ら2005年「Nature」435巻172-175頁を改変して使用

PAGE TOPへ
ALUSES mail