この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

「予想外」が研究のおもしろさ

───現在の研究課題は?

細胞の中でモーター分子が動くメカニズムは基本的に解明できたので、現在はその制御機構を研究しています。モーター分子は細胞の中でさまざまな物資を必要なところへと送り届ける「細胞内の宅配便」として働いていますが、モーター分子が迷うことなく目的地へと荷物を届ける「細胞内のカーナビ」のシステムについては今のところ全くわかっていません。そのメカニズムを最先端のイメージング技術を活用しながら探究しています。

顕微鏡メーカーと共同で、時間分解能100分の1秒、空間分解能100nmの「スピニングディスク超解像蛍光顕微鏡」を開発。中央画像がスピニングディスク超解像蛍光顕微鏡像で撮影したミトコンドリアの動態。外膜の構造がクリアに分かる。左は従来の蛍光顕微鏡像で、構造の細部がぼけている。右はスピニングディスク超解像蛍光顕微鏡で10分の1秒(100ミリ秒)ごとに撮影した画像を並べたもの。ミトコンドリアが融合する様子(白矢印)や外膜が伸び出して激しく動く様子(赤矢印)などが見られる。
図版提供:理化学研究所

───具体的に言うと?

微小管の上を移動するキネシンの模式図。神経細胞で軸索につながる微小管と多くの微小管は、形が異なっている(右)。キネシンは、その違いを識別している
(RIKEN NEWS 414号 2015年12月発行p5より)
図版提供:理化学研究所

神経細胞の中に微小管はたくさんありますが、キネシンが使っている微小管は特定の一部分だけ。それがどういうメカニズムで制御されているのかといったことを探っています。最近の研究で、キネシンが走る道路に相当する微小管自体の構造が軸索とそれ以外の樹状突起で異なること、そしてその違いをキネシンが認識していることを明らかにしました。

───細胞内でキネシンが動いている様子などは連続して見ることができるのですか?

それは原理的には難しいので、直接観察するのではなく、分子動力学計算という方法で計算機の中でシミュレーションすることを考えています。ただし、普通のスパコンでは計算できないほど大規模な計算になってしまいます。このような計算のニーズに対応するため、理研QBiCでは、分子動力学計算専用のスーパーコンピュータ「MDGRAPE‐4」の開発が進められており、2016年現在、ハードウェアはほぼ完成し、分子動力学計算を実施するためのソフトウェアの実装が進められているところです。

───モーター分子をはじめ、動くタンパク質が、細胞内の輸送だけでなく、発生やさまざまな生命現象にかかわっていて、そのメカニズムを見ることができる日が来ると思うとわくわくします。

そう、モーター分子に限らず、細胞の中では、あらゆるタンパク質は必ず動いているので、それを解明したい。いずれは、核の中で起こっていることも直接観察できるようになるに違いありません。
体細胞が初期化因子によって多分化能をそなえたiPS細胞になるといっても、そのプロセスを見た人はいません。そんな誰も見たこともないものを見てみたい。
予想だにしなかったことが、きっと観察できるに違いありません。

───先生にとって研究のおもしろさとは?

研究は思った通りにはなかなかいきません。逆にそれがおもしろさでもあるんですね。
KIF1にしても、最初はぴゅーっと一直線に走っていくだろうと思って実験していたのですが、実際にはヘロヘロに酔っぱらっているように前に三歩進んでは戻りという感じでよろよろ進んでいました。でもロジカルに考えると一本足で支えがないわけですから、そのほうが理にかなっていますよね。

また左右の決定に関係しているKIF3でも、線毛はきっとこう動いているはずと思ったら、動かない。でもよくよく見てみたら、ノードの細胞が死んでいるんですよ。かつてザリガニの神経細胞が死んでしまった様子をさんざん見てきましたから、あっ、これも同じだなと。だったら、胎仔が元気なまま観察するにはどうしたらいいか、知恵を絞るわけです。
生きていられる条件を整えてみたら、今度は線毛がクルンクルン回っているだけ。でも、よく見たらゴミが右から左へと流れているんです。

予想とは違ったことが起こって、それがなぜかを見つけたり、どうしたらうまくいくかを考える。それこそが、むしろ実験する上での醍醐味なんですね。たいていは失敗するけれど、何年かに1回成功すると、うれしさは格別です。しかも思ってもいない結果が出る。単に予想通りでしたオシマイではない。驚きがあり、初めての発見がある。それこそがサイエンスなんです。

───最後に、若い読者へのメッセージをお願いします。

あまり先のことは考えなくてもいいんじゃないかな。最近の学生を見ていると、みんなすごく慎重に先のことを考えるんだね。「5年後はどうでしょう、10年後はどうでしょう」と言われても、「そんなのわかんねえよ」と言いたい(笑)。

石橋を叩くように慎重に考えて選ぶんじゃなくて、もっと軽いノリでアレ、コレ、ソレって無節操に手を出して、いろいろやっているうちにおもしろいことと出会えることもあるでしょう。最初から自分にはこれしかないとやっていると、かえって辛くなるだけですよ。

むしろ今はあれこれ手を出すのがやりやすい環境のはず。

昔、私が高校生ぐらいのときは、本を読んで自分の頭の中に知識を入れるぐらいしかなかったけれど、今は“google先生”が何でも知っているので、大いに利用できる。ただし、google先生はとてもシャイなので、キーワードをいってあげないとお話してくれない。そういう意味でこれからは特にキーワードをたくさん知っていることの方がはるかにうまくいくと思いますよ。だからたぶんもう何10万ページも読む必要はなくて、何10万語というのでもいいかもしれない。

キーワードをたくさん持つのはそれほど難しいことではありません。ネットサーフィンしてもいいし、おもしろそうなページを順番にどんどんたどっていってもいい。とにかく、あまりマジメすぎないほうがいいのではないか、とだけは思いますね。

(2016年6月29日取材)

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