この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

気孔の形成にかかわる重要な遺伝子を次々に発見

───鳥居先生の研究について少し詳しくお聞かせください。

私の研究テーマは、植物の気孔の研究を通じて植物細胞がお互いにどのようにしてコミュニケーションをとりながら、葉や茎、花などの組織器官をつくっていくのか、植物の形づくりのメカニズムを明らかにすることです。
4億年以上も前、植物が海から陸に上がったとき、乾燥が最大の敵であったことから表皮をワックスで覆い、水分が蒸発するのを防ぎました。けれども、光合成に必要な二酸化炭素を大気中から取り込まなければならず、ワックスで表皮がすべて覆われているとそれができない。そこで小さな孔を葉の表面にあけてガス交換できるようにした。しかも周り空気が乾燥しても枯死しないように、自在に開閉できるようにした。それが気孔ですね。
私たちは植物の光合成によって酸素を得ています。計算によると、大気中の全水蒸気は、地球上の全植物の気孔を介して、年に2回も循環しています。ですから、気孔は地球上の動植物の生存や大気環境に大きな影響を与えているわけですね。

さて、気孔が正常に開閉するためには、気孔がつくられる過程で、その数や密度が適切に制御され、葉に均等に散在するパターン形成が重要になってきます。というのは気孔の開閉にあたっては、周りの気孔ではない細胞との間で水をやりとりして、開くときは気孔の細胞に水を流入させて膨圧を上昇させ、閉じるときは周りの細胞に水を渡す仕組みになっています。ですから、気孔の細胞が隣同士になってしまっては開閉ができないんですね。
動物の発生では細胞は移動できますが、植物の細胞は細胞壁で隣り合っていて移動できないので、発生の過程で「自分は気孔になるからキミは違う細胞になって」とコミュニケーションを取り合っているわけなんです。
このコミュニケーションにあたって、どのような遺伝子や転写因子が働いているのかを探っています。

───先生が東京大学で日本学術振興会特別研究員として研究していたときに発見されたERECTA遺伝子が、気孔の研究へと結びつくブレイクスルーとなったのは、どんな研究でしょう。

ERECTAは受容体型キナーゼなので、どのようなシグナルを受け取って植物の何を制御しているかいろいろな角度から研究をしたのですが、機能解析がなかなかうまくいきません。悩んでいたとき、ワシントン大学の動物分野(マウス)の発生分子生物学の教授から、動物の機能解析でよく使われる「ドミナントネガティブ」という手法で解析したらどうかというアドバイスを受けました。これは受容体のシグナルをキャッチできる部分だけを残し、伝える部分を阻害する研究方法で、当時植物ではうまくいかないとされていたのですが、ダメでもともととチャレンジしたところ、ERECTA単一での変異よりもさらにシビアな、ちんちくりんな表現系ができたのです。これは、ERECTA単独ではなく、他の受容体の機能も阻害しているに違いないとひらめきました。ちょうど2000年にシロイヌナズナのゲノムが解読され、全塩基配列のデータベースが公開されていました。そこで、ERECTAの塩基配列に似たファミリー遺伝子を探したところ2つの遺伝子が見つかり、「ERL1」、「ERL2」(ERECTAと似たという意味)と名付けました。これらがシロイヌナズナの変異体や葉の形成にどのように関係しているのか研究を進め、3つの遺伝子すべてに変異が生じると、背丈が短くなるだけでなく、気孔が数珠つなぎのような塊になってしまうことを発見したのです。

数珠つなぎのようになった気孔

気孔が正常にできないということは、動物、植物の世界、さらには地球環境にも大きな影響を与えることにつながります。この研究をきっかけに、気孔がどのように発生するのか、関連する遺伝子にはどんなものがあるのかをより深く研究したいと思いました。

───関連する遺伝子は見つかったのですか。

詳しいことは省略しますが、いまお話しした3つの遺伝子のほかに、気孔をつくる幹細胞の発生を停止してしまう「MUTE」という原因遺伝子を探し出すことができました。MUTE遺伝子を壊すと、まるでバラの花のようなきれいな形になるのですが、気孔がないのです。気孔の形を口にたとえて、口が形成できず言葉を話せないので「MUTE(無言)」と名付けました。この研究は常に根気のいる仕事でしたが、327番目にその遺伝子に当たることができたのは、ラッキーでしたね。この発見をきっかけに、さらに気孔や水孔を構成する孔辺細胞ができるプロセスの解明につながっていきました。
MUTEの姉妹遺伝子である「SPEECHLESS(無口)」は、突然変異で その機能が働かなくなると表皮に気孔ができなくなります。逆に、SPEECHLESSMUTEとパートナーとして働く遺伝子が安定化する変異体では、表皮の全部が気孔になる「SCREAM(叫び)」など、表皮の発生運命を支配する重要な転写因子の遺伝子を次々に探しだすことに成功したんです。erectaファミリー受容体は、ペプチドホルモンを受け取り、これら転写因子を抑制していることもわかってきました。

■シロイヌナズナの気孔形成プロセス

原表皮細胞がメリステモイド母細胞に分化し、それが非対称分裂して気孔の幹細胞ともいうべき、小さなメリステモイドと大きな姉妹細胞に分化する。メリステモイドはその後円形の孔辺母細胞に分化し、対称分裂して気孔が形成される。

▲クリックで拡大

SPEECHLESS遺伝子を欠損したシロイヌナズナでは、気孔に分化するための最初のステップである非対称分裂が全く起きない。MUTE遺伝子が気孔の分化のオン・オフスイッチとして働く。FAMA遺伝子は孔辺母細胞が孔辺細胞へと成熟する最後のステップを支配する。気孔形成にかかわるSCREAMなどの転写因子の活性調整には、MAPキナーゼ(MAPK)カスケードが関与している。ペプチドホルモンであるEPFは、気孔系譜の細胞から分泌され、気孔の隣の細胞が気孔にならないように抑制する。

■気孔形成のプロセスで、遺伝子の発現に異常があった場合

左から
SPEECHLESS遺伝子が発現しないと、表皮に気孔は形成されず、ジグソーパズル型の表皮細胞だけになる
MUTE遺伝子が発現しないと、メリステモイド細胞は非対称分裂を繰り返したのち発生を停止
FAMA遺伝子の欠損では、孔辺母細胞は対称分裂を繰り返しダンゴ虫状になる
SCREAM遺伝子が過剰に働くと、表皮細胞がすべて気孔になる

Peterson, K.M., Rychel, A.L., and Torii, K.U. (2010)
Out of the mouths of plants: the molecular basis of the evolution and diversity of stomatal development.
Plant Cell 22: 296-306より
※図の一部を日本語に改変

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