───帰国後、さらに折り紙を活用した医療工学を深く研究することになるのですね。
ええ、折り紙を使ったステントグラフトは、医療器具ではありますが、医療に応用するとなると、もっと小さなサイズのものが求められると思い、細胞を使って折り紙ができたら面白いなと考えるようになりました。そこでまずは、微細加工技術を身につけたいと、マイクロ・ナノデバイスを研究している東大の竹内昌治先生の研究室に入ったのです。
───当時、竹内先生の研究室では細胞を扱っていたのですか。
私が竹内先生の研究室に入ったころは、まだ細胞を扱っていなかったのですが、その後、再生医療の研究をしていた方が私たちのグループに入ってきてくれました。そこで細胞を扱う技術、微細加工、折り紙エンジニアリングの3要素が揃い、細胞折り紙を開発することができたのです。
───細胞折り紙について、わかりやすく教えてください。
プレートの上で細胞を培養すると、どうしても平面状になってしまいます。でも、生体は立体ですから、三次元的な組織を培養していく技術が必要になります。そこで、半導体の微細加工技術を用いて、細胞を培養するプレートで、折り紙の展開図のような組み合わせの展開パターンを作りました。このプレートは、細胞に害のないバリレンという材料でできていて、一辺がわずか50㎛のサイズです。
───とても小さいのですね!いったいどのような仕掛けで折り畳まれていくのですか?
細胞は、形を保ったり、体内を移動するために伸び縮みしますが、細胞の内部では縮まろうとする牽引力が発生します。細胞がプレート基板上に広がると、この牽引力が働いて、プレートが持ち上がって折り畳まれていくのです。プレートの形や展開図を工夫することで、立方体や正十二面体など、さまざまな立体をつくることができます。たとえばプレートを平行四辺形にしてひも状に連ねて、端からプレートをはがせば、らせん状に巻きあがり円筒形の構造になります。できあがった立体構造は、その後少なくとも7日間は形を保っているんですよ。
この動画では細胞をつついていますが、プレートの角度を工夫することで、ひとりでに立体になります。また、2種類の異なる細胞を同時に培養し、2つの層を持つ立体構造とすることにも成功しました。
▲立方体になる動画
▲12面体になる動画
▲ひも状のものから円筒に
───細胞折り紙の可能性について教えてください。
いま円筒形になる動画をご紹介しましたが、私たちのからだには管や袋構造など、中空の組織がいろいろあります。細胞培養する際のプレートを体内で溶けるタイプのものにすれば、組織の移植も可能でしょう。また、できあがった組織に薬を投与して効き目を確かめるなど、創薬に役立てることができると思います。
それから、診断にも応用することができるかもしれません。12面体の細胞折り紙を作るにあたっては、すごい数の展開図が考えられるのですが、その中で細胞がどんな展開図が好きか、いちばんエネルギーが少なくてすむ折り方はどれかなどが分かります。例えば、がん細胞ならこのパターンを、正常な細胞ならこのパターンを選ぶといったことが分かれば、がん細胞と正常細胞が簡単に見分けられるかもしれません。
───2013年からは北大で研究を続けていますね。
北大は、いろいろな分野の研究者とコミュニケーションを図りながら研究できるところがすばらしいですね。現在、医学部の先生と共同でがん治療の研究、ほかにも時計細胞、人工細胞や宇宙工学の研究をされている先生と共同研究をしています。
また、異分野の先生方とともに、「北海道ナノバイオ研究会—HNB」を立ち上げています。多岐にわたる分野で活躍する新進気鋭の研究者を募り議論を交わす場を設けることで、分野横断的な新たな研究領域の開拓と研究者間の人的ネットワーク形成を目指しています。北海道には幼なじみや友人が多く、助けてくれる人もいるので、研究環境としても恵まれています。
これまでを振り返ってみると、すばらしい家族や先生、仲間に恵まれ、とても感謝しています。
───最後にメッセージをお願いします。
いまでは折り紙工学にとどまらず、さまざまな分野で「Origami」の研究が進んでいます。欧米では「Origami」を冠した数十億円単位の研究助成が発表され、多くの研究論文が有名ジャーナルに発表されるようになりました。
折り紙作家であり、エンジニアであるロバート・ラングが2008年に「折り紙は、いつか生命を救うものになるだろう」と語っていましたが、彼の予言通り、それは単なる夢物語ではなくなってきています。
私は折り紙という日本の文化を新しい角度から見ることによって、細胞折り紙を開発することに成功しましたが、日本にはいろいろな伝統文化があります。その価値を再発見して皆さんもぜひ、新しいものを生み出してほしいですね。そして、チャンスがあったら逃さないで、楽しんで取り組んでください。努力は絶対必要ですが、ひらめきを大切に、オリジナルな発見につなげていってほしいな。
■細胞折り紙についてさらに詳しく
https://www.youtube.com/watch?v=_xhGYwDwUIY
■TEDxSapporoでのプレゼンテーション「折り紙が織りなす未来」
https://youtu.be/Dg2XLtUJQFM
(2016年11月16日取材 2017年1月4日公開)