この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

お金のない人も、どこの国の人でも使える薬をつくりたい

───先生の研究をできるだけわかりやすく教えてください。

DNAの変異によってできた遺伝病を治すのは、今は大変難しいとされています。遺伝子治療や、iPS細胞で細胞をつくって治療するという再生医療の方法も注目されていますが、iPS細胞によって全身の細胞を置き換えるというのは不可能に近いと思います。私たちが現実としてできるのは、DNAに手を加えるのではなく、遺伝子から発現してくるRNAに影響を与える薬をつくって遺伝病を治療することだと思っています。
みなさんは、DNAの情報がRNAに写し取られて、タンパク質のアミノ酸配列が決まることは知っていますね。RNAの前駆体にはタンパク質のアミノ酸配列情報をもたない「イントロン」と呼ばれる部分が含まれており、このイントロン部分を除いて、「エキソン」という残りの部分を結合させて完全なRNAをつくるのが「RNAスプライシング」です。

遺伝子のなかでタンパク質をつくるアミノ酸の配列情報をもつのが「エキソン」で,もたないのが「イントロン」。遺伝情報の伝達役であるmRNAがつくり出される際に、イントロンは切り取られる。

このスプライシングを研究して、DNAのどこかに突然変異があって遺伝病を発症するのであれば、RNAができる過程に影響を与える薬をつくり、その突然変異のあるところだけをわざと飛ばしてやろうというわけです。
遺伝子の異常をDNAのレベルでは治せないけれど、RNAの段階で修復することは可能です。RNAの段階で修復しておけば、正常なタンパク質ができるので実質的に症状が出ないわけです。こうした薬を低分子の化合物を探してつくれば、遺伝病というもっとも困難な病気に悩んでいる患者さんを救うことができると考え、さまざまな薬づくりに取り組んでいます。

───具体的にはどのような病気が対象になるのですか。

例えば、家族性自律神経失調症を対象とした「RECTAS」という薬の臨床開発の準備が始まっています。これはもともとユダヤ人の病気で、ユダヤ人のある家系で遺伝子の突然変異が発生し、それが世界中に広まったものです。私の論文が出たとき、世界中の人から早くその薬をつくってほしいという手紙が数多く寄せられました。
また、筋肉が衰えていく遺伝性の難病である「デュシェンヌ型筋ジストロフィー」に対しても、遺伝子発現パターンを変えることによって筋肉の維持に必要なタンパク質の発現を回復させることができました。

───先生の研究のメリットはどんなところにあるのですか。

薬の開発には莫大な開発費がかかるという話をよく聞きますが、遺伝子の発現パターンを変える薬剤の開発であれば、比較的容易に合成できる点が魅力です。難病は患者数が少ないので大手の薬メーカーは手を出しにくい分野ですが、これなら、一研究室でもチャレンジできる。こうした薬が低コストで開発できれば、貧しい国の人でも難病を治す可能性が広がります。
実は、今でも若いときの夢を追いかけていて、自分でつくった薬を持ってアマゾンや東南アジアやアフリカに行きたい。そのための下地として、今メコン・メディカル・エイド(MMA)というNGOを作って友人とベトナムやカンボジア地域の医療援助をしています。

───難病を治療したいという思いを強くした理由があったのでしょうか。

私は大学院1年のときに結婚し、大学院を出るときには二人の子持ちでした。そのころ娘が大病をするなどいろいろあって、はたして研究を続けられるか、私の人生の中でも最悪の状態でした。そうした中で支えてくれた妻を4年前に亡くしました。今は娘も元気になったのですが、身内のそうした病気や死に直面して、誰も治せぬ難病の治療薬をつくって、病に苦しんでいる人を救うことが私の天命だと痛感しました。人間はどん底のときに、本当に自分のしたいことがわかるものですね。

───これからの研究の目標をお聞かせください。

2ヵ月間かけて、自宅の裏手に手作りしたワインカーヴ

難病を治す可能性を探すのではなく、実際に治すところまでやりたい。私が生きている間に私がつくった薬で患者さんが私の目の前で治っていくのを見たいですね。研究者として研究を論文にまとめるだけではなく、自分のサイエンスを患者さんが治ったということで証明したいと思っています。それがちゃんとした基礎研究をしているという証明なのですから。

───最後に中高校生へメッセージをお願いします。

「狭き門より入れ」と言いたいですね。誰も足を踏み入れたことがない、誰が見ても難しいと思われる分野に挑戦してみてください。

(2017年1月16日取材)

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