公益財団法人テルモ生命科学振興財団

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

神経細胞の樹状突起形成の謎に挑む

———大きな発見をしたのに、2年で日本に帰ることにした理由は?

細胞接着分子カドヘリンの発見で有名な竹市雅俊先生(現 理研CDB特別顧問)の研究室で、助手のポストを公募されていることを知ったのです。カドヘリンが形づくりの上で非常に重要だということは、培養細胞レベルではすでに分かっていましたが、実際の個体でどんな役割を果たすのかは解明されていませんでした。
神経回路の形成にあたっても神経細胞ができて回路ができていくわけなので、その過程で細胞と細胞の接着は非常に重要なポイントだろうから、ショウジョウバエを使ってカドヘリンを研究すれば大きな発見ができるに違いないという期待もあって応募することにしました。ユ=ナンには「Numbの研究は始まったばかりではないか」と、再考するようアドバイスをいただきました。彼には理解できない決断だったと思います。実際全くその通りで、迷いましたが。

———こうして、多細胞生物の形づくりや神経回路の形成というテーマに取り組むことになるわけですね。どんな点に着目して研究を進められたのでしょう。

私たちの身体を構成する細胞や組織は、それぞれ、多様な形や機能を持っています。こうした多様な形や機能が生じるにあたっては、それぞれの細胞が「細胞極性」(ある軸に沿った非対称性)を持って、全体として方向性のある構造が形成されて初めて、機能が発揮できるんですね。
例えば、耳の中には蝸牛管という渦巻き状の器官があって、その中には有毛細胞と呼ばれる細胞が敷き詰められたシートがあります。有毛細胞の一つ一つはアーチ型のパイプオルガンのような突起構造(不動毛と呼ばれます)をつくっていますが、シート全体を眺めるとすべての細胞の向きはきれいに揃っています。もし向きが狂ったら、音が聴こえなくなってしまう。つまり細胞の集団として一方向に向いていて機能することが大事なのです。

このような細胞極性がどのような分子メカニズムで形成されるのかを、ショウジョウバエを用いた我々の研究で解明できることに気づきました。

———主要な発見の一つを教えてください。

上皮細胞の極性を調節する役割を果たす変わり種のカドヘリンと、それをコードする遺伝子を発見しました。竹市先生が発見された細胞同士を強固に接着している一般的なカドヘリン(クラシックカドヘリン)とは異なるタイプで、細胞膜をクネクネと7回も貫通している「7回膜貫通型カドヘリン」です。1本足のフラミンゴに似ていることから、「フラミンゴ(Flamingo)」と名付けました。

———フラミンゴ遺伝子が欠損したり、変異するとどのような異常があらわれるのですか?

ショウジョウバエの翅(はね)の皮膚の細胞は、1個1個の細胞の一番端の部分にトゲのような翅毛を作り、すべて翅の先端の方を向いています。それぞれの細胞はなぜか広い空間の軸を知っていて、翅の付け根はこっちで先端はこっちだということを知っている。
ところが、フラミンゴ遺伝子が欠損すると、本来なら各細胞の一番端の部分に翅毛をつくらなければいけないのに細胞の真ん中に翅毛をつくって逆を向いてしまうなどの異常が生じるのです。
その後、ショウジョウバエだけでなく、同様の遺伝子がヒトを含めた哺乳類に存在していることも突き止めました。

平面内細胞極性の原理を探るモデル系

左は野生型、右が過剰発現による表現型(右)

———哺乳類ではどのような突然変異が見られるのですか。

先ほどお話した内耳の有毛細胞では、フラミンゴのホモログ(同じ役割をする遺伝子のこと)が欠損すると、アーチ型のパイプオルガンのような突起構造の向きが狂いますし、三半規管にも同じような細胞があって、この向きが狂ってしまったノックアウトマウスはまっすぐ歩けなくなります。また例えばマウスの背中の毛の向きはみな身体の後ろに向かって一方向なのに、この遺伝子が変異すると、つむじのように巻いてしまうのです。
いまお話ししたのは上皮細胞の例ですが、フラミンゴは、神経突起と軸索の伸長を制御して、神経細胞の形づくりにも関わっていることが分かっています。

———神経細胞の形づくりについて、もう少し詳しく教えてください。

神経細胞の細胞体からは、情報の出力装置である軸索に加えて、入力装置としての樹状突起が伸びて複雑に分岐し、樹木のようなパターンを形成しています。樹状突起の形態は神経細胞のクラス毎に著しく異なり、この多様性は各クラスに特有の生理機能を反映していると考えられています。

また、一つの神経細胞から伸びた樹状突起は、互いに交差することはありません。これに、フラミンゴのホモログが関わっているのです。神経細胞は樹状突起をあちこちに伸ばしながら、同じ細胞から伸びた別の突起とコンタクトすると、突起の表面に分布しているフラミンゴが手を結び、すぐに反発作用が生じ、突起を引っ込めるんですね。「7回膜貫通型カドヘリン」フラミンゴを発見して以来、一緒に研究している碓井理夫さん(現講師)のチームの研究成果です。
このほか、樹状突起の形の分岐パターンやサイズを調節する細胞内輸送のメカニズムも明らかにしました。突起の中には、微小管というレールが走っていて、このレール上をエンドソームという小胞があちこちを移動して突起をつくったり壊したりしているんです。このエンドソームの袋の中に突起をつくる材料が収まっていて、運ぶ仕組みがおかしくなると、例えば本来なら遠く離れたところに運ばれるはずのものが、あまり移動しないうちにエンドソームの積み荷が解かれてしまい、ヘンな形になったりするのです。

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