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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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腫瘍血管にだけ効く薬剤の開発につなげたい

———日本に帰国したのはいつですか?

2004年に論文を発表して、翌年、家族で帰国しました。私はもともと口腔外科で、がんの研究もしていましたし、臨床医のころは口腔がんの患者さんをたくさん目にしてきました。口腔がんの手術では顎や舌を切除することがあり、再建手術を受けても外見が大きく変わったり、機能が大きく低下したりと後遺症で苦しむ人も多い。何とかがんの患者さんの役に立ちたいと思っていたところ、思いもかけず血管研究と出会って、発見もしました。それでボスから日本に帰ってからもこの研究を続けるよう励まされ、帰国後は口腔外科医時代に大学院でお世話になった教室に助教として採用してもらい、その後、独立して自分のラボを持つようになり、今に至っています。

———現在はどんな研究を?

私はもともと臨床医ですから、基礎研究とともに、その研究成果を臨床に生かしたいと思っています。
そこで大事な治療法のコンセプトが「血管新生阻害療法」です。留学中にお世話になったボスのさらにまたボスのフォルクマン先生が初めて提唱した治療法です。がんが大きくなるためには栄養や酸素を運ぶ血管を増やしていく必要があり、がん細胞は自ら血管を呼び寄せ増やしていく因子を分泌して血管を新生していくのですが、この血管を叩いて兵糧攻めにすることでがんをやっつけようという治療法ですね。
しかし、提唱した当初はなかなか受けていれもらえなかったそうです。がんを治療するにはがん細胞を叩くのが当たり前で、血管なんか叩いてもがんが小さくなるわけがないだろう、という感じだったのです。しかし、彼の偉大さは、外科医として現場を見て、そこからインスピレーションを得て研究を続けていったことです。研究の結果生まれ、世界中で広く使われているのが、血管新生阻害薬のベバシズマブ(商品名アバスチン)で、今や抗がん剤の中で世界第2位の売り上げ(2015年)となっています。
ところが、画期的な治療法である血管新生阻害療法ですが、これでがんの治療が100%成功するわけではありません。その問題点のひとつが副作用です。

———いったいどのような副作用があるのですか。

ベバシズマブは血管新生を促進する血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の働きを阻害する作用を持っていて、血管新生を抑えてがん細胞の増殖・転移を防ぐ働きをします。
ところが、VEGFは正常な血管にとっても大事な因子ですから、がんがない場所の正常な血管にもダメージを与えてしまうのですね。重篤な副作用としては、たとえば大腸がんの治療をしているのに、肺の血管がダメージを受けて喀血して亡くなるということが当初あり問題となりましたが、原因は正常血管のダメージでした。
そこを解決するのが私たちの研究です。正常血管と腫瘍血管とでは明らかに違いがあるのですから、その違いをうまく利用して、腫瘍血管にだけ効く薬剤の開発を目指そうというものです。私たちだけでなく、世界中の多くの研究者が開発にしのぎを削っているところです。

腫瘍血管に選択的な抗がん剤開発

従来の血管新生阻害剤は正常血管内皮にも作用してしまう。そこで樋田先生が目指しているのは、腫瘍血管だけに選択的に作用する血管新生阻害剤の開発だ

———ほかにも取り組んでいらっしゃるテーマがありますか。

どんな薬もそうだと思いますが、同じ薬でも効く人と効かない人がいるし、使っていい時期、悪い時期があります。近年、遺伝子など分子レベルでの解明が進む中で、同じ病気であっても遺伝子の違いによってさまざまなタイプの患者さんがいることがわかってきて、患者さん1人1人に合わせた治療、つまり個別化治療の必要性が提唱されています。そこで今、注目されているものに「コンパニオン診断」があります。これは、個別化治療を進めるうえで、薬の有効性や安全性を治療前にバイオマーカーなどを用いて予測する診断法です。
血管新生阻害療法においてもコンパニオン診断が可能ではないかと研究を進めています。ベバシズマブが標的とするVEGFは正常細胞からも分泌されている因子ですから、コンパニオン診断に使うのは難しいことがわかっています。しかし、腫瘍血管内皮細胞を培養して調べたところ、VEGF以外にも特有のさまざまな因子が分泌されていることがわかってきました。これらの因子からコンパニオン診断に役立つものが見つからないかと研究を進めているところです。