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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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基礎研究の知見を武器に、臨床応用も視野に入れた研究へ

———2004年3月に帰国して熊本大学発生医学研究センターに復職して、同じ年の7月には奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)に教授として移られましたね。

帰る年の1月にコロラド州のキーストーンでシンポジウムがあったとき、幹細胞生物学が専門のオースティン・スミス(現ケンブリッジ大学生化学部教授)を介して、山中伸弥教授に会ったんです。山中教授は当時、NAISTで教授をされていたんですが、オースティンから「Kinichiって知ってるか」って聞かれても、私のことだとは思わなかったらしい。それで、3人で会ったら「あなたでしたか」って。論文で名前を知っていたけれど、下の名前まではご存知なかったんですね。その後しばらくしてから、山中教授からNAISTで教授の公募があることを教えてもらい、応募したのです。
そこで8年半、PI(Principal investigator)として研究室を主宰し、2013年4月から出身大学である九州大学に移り研究を続けています。

———先生の現在のご研究を、わかりやすく教えてください。

神経幹細胞がニューロンをはじめ、アストロサイトやオリゴデンドロサイトなどのグリア細胞へと分化する際に起きるDNAのメチル化やヒストン修飾など、エピジェネティックな変化や、さまざまな因子との関係を解析し、細胞の運命がいかに決定づけられ、制御されているのか、そのメカニズムを解明する基礎研究すること。そして、そこで得られた知見をもとに、臨床応用など医療に貢献する研究です。

———臨床応用の例を教えてください。

例えば、先ほど神経幹細胞にバルプロ酸をかけるとニューロンができるという話をしましたが、これを脊髄損傷に応用できないか。脊髄損傷のマウスに神経幹細胞を移植しても、炎症を起こしているため、そのままではアストロサイトにしか分化しないのです。それが、神経幹細胞を移植してバルプロ酸を1週間投与すると、神経細胞ができる確率がぐんと高まって、6週間後には約7割が歩けるまでになった。これは2010年に発表しました。

移植してできたニューロンと、損傷後も残っていたニューロンがつながり、神経ネットワークが再構築された

———興味深いですね!

この3月9日に発表したのは、臨床応用したらきっと大きな効果があると確信しているものです。
事故などで脊髄を損傷すると、直接的な損傷だけでなく、血液-脊髄関門にダメージが起きて、浮腫や激しい炎症反応によってさらに脊髄が二次損傷してしまうのです。これは、HMGB1というタンパク質が、細胞外に放出されて、炎症性サイトカインのように働くためなんですね。
そこで、抗HMGB1抗体を投与することで二次損傷を抑えて、ヒトiPS細胞由来の神経幹細胞を損傷脊髄に移植したところ、劇的に高い治療効果が得られたのです。

抗HMGB1抗体単独、あるいはヒトiPS細胞由来の神経幹細胞移植それぞれの単独治療で得られる治療効果と比べ、両者を組み合わせると、さらに高い治療効果が得られる

このほか、脳の免疫機能を担うミクログリアが、てんかん発作後に起こる異常ニューロン新生を抑制することも発見しました。こうした機序を解明していくことで、てんかん発作やそれによって生じる脳機能障害を改善する薬の開発など、医療に貢献できると思います。