公益財団法人テルモ生命科学芸術財団

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

第52回 神経幹細胞の分化制御の基礎研究と臨床応用をつなげたい 九州大学大学院医学研究院 応用幹細胞医科学部門 基盤幹細胞学分野 教授 中島欽一

脳や神経系を構成するニューロンやグリア細胞は、神経幹細胞からつくられる。かつては、大人の脳で神経細胞は新生しないと考えられていたが、この20年で、大人にも神経幹細胞はあって神経がつくりだされていることが明らかになってきた。
中島先生は、ポスドク時代にサイトカインの研究をスタート。その後、神経幹細胞の分化メカニズムのおもしろさに魅せられて研究を続けてきた。現在は得られた知見をもとに、基礎研究と臨床応用とを結びつけていきたいという。

profile

中島欽一(なかしま・きんいち)
1990年九州大学理学部化学科卒業、95年同大学院理学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員PD(大阪大学−東京医科歯科大学)。東京医科歯科大学難治疾患研究所助手、熊本大学発生医学研究センター助教授を経て、2002年2月より2年間、米国ソーク研究所へ。帰国後、熊本大学に復職。04年7月より奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科教授に就任。13年4月より現職。05年文部科学大臣表彰若手科学者賞、06年日本分子生物学会三菱化学奨励賞。12年当財団 財団賞受賞。神経幹細胞の分化制御機構の解明と、得られた知見をもとに損傷神経機能の修復など医療応用をめざしている。

高校時代は少林寺拳法とバンド活動に熱中

———子ども時代はどちらで過ごされましたか。

幼いころは大阪で、小学校2年生からは両親の出身地である熊本です。近くに川があって、ザリガニを捕ったり、山でクワガタやカブトムシを捕ったりと、外で遊びまわっていましたね。 生き物は好きで、家でいろいろ飼っていました。ネコに亀、いろいろな魚、ハト、セキセイインコにスズムシ、もちろん、捕まえたクワガタやカブトムシも。もっとも自分から飼いたいと言い出したくせに、ちゃんと世話をしないといってよく怒られていましたが。

5歳ごろ 仮面ライダーが好きだった

———習いごとなどは?

姉の影響もあって、小さいころはエレクトーンを習っていました。小3からは少林寺拳法。近所の友だちに道場の息子がいて、誘われたのがきっかけです。中学時代は野球もやったんですけど、高校でまた、少林寺拳法のクラブに入りました。

小学校4年生のとき九州大会(演武の部)で優勝

高校時代

———成績はいかがでしたか。

まぁ、ぼちぼちといったところですかね。

———少林寺拳法は何段なんですか?

3段です。

———すごい!

高校のあと大学でも続けていましたから、それくらいは誰でも取れますよ。
スポーツに関して言えば、大学ではサーフィンにはまりました。大学の近くでは、玄界灘の三苫によく行きました。あそこは地形の関係で、台風が通過したあととか、冬場の低気圧が過ぎたあとぐらいしかいい波がこないんですね。それで夏場は遠く宮崎海岸まで、仲間と夜中にクルマを飛ばして出かけたり。留学先をアメリカ・カリフォルニア州のサンディエゴ郊外のソーク研究所にしたのも、絶好のサーフポイントがあったから(笑)。サーフィンは今でも、年に数回やっています。

———高校時代ぐらいまでで印象に残っていることはありますか。

高校のときにバンドを始めました。ギターが担当で、年に2回ぐらいライブをやりました。ちょうどボン・ジョヴィがデビューしたころで、すぐコピーしましたね。そのほか、英国のアイアン・メイデン、オジー・オズボーン、アメリカのヴァン・ヘイレン…。ヘヴィ・メタル、ハードロック系のミュージシャンのコピーと、オリジナル曲も少し演奏していました。
今も、仲間たちとFoggy Black というバンドを組んで、学祭や市内のライブハウスで演奏しています。

Foggy Blackのメンバーと

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