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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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生殖細胞の発生メカニズムの探究

———心臓と体節形成のほかに、先生のご研究のもう一つの大きな柱が、生殖細胞の発生に関わる一連の研究です。この研究が進展したのは、何かきっかけがあったのですか?

心臓についての研究も、体節形成の研究もおもしろいけれど、生殖細胞をやりたくてスタートしたのに、途中で挫折しちゃったような感じになるのが嫌で、生殖細胞の形成に関与する遺伝子の探索に引き続きトライしていたのです。でも全然うまくいかず、手詰まり感を覚えていたときに、筑波大学の後輩で、同じようなことをショウジョウバエでやっている小林悟(現・筑波大学生命領域学際研究センター教授)さんとディスカッションしているとき、彼が「Nanosがおもしろいよ」と言うんです。Nanosはハエの生殖細胞の形成に関係するRNA結合タンパク質として注目されていました。
そこでマウスでもNanosを探そうということでクローニングに成功したのがNanos1です。

———Nanos1は生殖に関係していましたか?

Nanos1のノックアウトマウスをつくって発現をみたんですが、生殖異常のフェノタイプが出ないんですね。これじゃだめだ、やっぱりハエとマウスでは違うのかとあきらめかけていたときに、ちょうどそのころヒトゲノム計画が完了し、ヒトゲノムの全塩基配列が解析されました。そこで解析されたゲノムを調べると、ヒトで3個のNanosがあったのです。そうか、3つあるのかと思って、残りの2と3をクローニングしてノックアウトマウスをつくったところ、両方からフェノタイプが出ました。「これはすごい!」と驚きましたね。

———どんなフェノタイプですか?

マウスはぴんぴんしているのに生殖細胞にのみ、異常が出るのです。
その後の研究で、Nanos2は胎生中期のオスの生殖細胞に発現していて、ノックアウトすると生殖細胞がアポトーシスを起こし精子ができないこと、また、Nanos3は始原生殖細胞という非常に初期の生殖細胞に発現していて、これをノックアウトしたマウスは、生殖細胞が死滅してしまうので、オス、メス両方とも不妊になってしまうことがわかりました。

生殖細胞の発生と性分化過程

発生初期の生殖細胞はオス(精子)にもメス(卵子)にもなる。始原生殖細胞は胎仔の体の中を移動して、胎生中期に生殖巣に入る。卵巣に入った始原生殖細胞は卵子に、精巣に入った始原生殖細胞は精子に分化する。
Nanos3は始原生殖細胞に発現しNanos3をノックアウトするとオスもメスも生殖細胞がなくなってしまう。Nanos2はオスの生殖細胞分化に必須で、Nanos2をノックアウトすると精子ができず、オスであってもメスと同様に胎生中期で減数分裂を開始することがわかった。

Nanos2 及びNanos3ノックアウトマウスの表現型

———その後も生殖細胞の形成メカニズムをめぐる数々の発見を行って、「Science」や「Nature」誌などに論文が掲載されていますね。先生にとって研究のおもしろさって何でしょう?

私はね、やはりマウスをつくるのが好きなんですよ。いろいろ工夫して、こういうマウスをつくると、こんな研究ができるというふうにあれこれ考えているのが楽しいんです。でも、そう思ってつくっても、次々に新しいテーマが出てきて、今度はこれもつくらなくちゃいけないなと、そういうふうにして、どんどん数が増えていってしまう・・・。

———ES細胞やiPS細胞などを使って生殖細胞の形成メカニズムに迫るアプローチもあると思いますが、先生はあくまで、生きたマウスでメカニズムを探っていくスタイルなのですね。

試験管や培養器などの中で、体内と同様の環境を人工的に作って実験するin vitro(イン・ビトロ)というアプローチもありますが、環境が生体と同じかどうかを徹底的に検証しなければなりません。一方、マウスを使って生体内でやるin vivo(イン・ビボ)なら、マウスを育てなくてはならないので時間はかかりますが、環境の検証はまったく不要で、遺伝子の働きの解析に集中できます。好みの問題が大きいと思いますが、私たちにとって正しい解釈につながりやすいということで、in vivoにこだわっているんです。