公益財団法人テルモ生命科学振興財団

財団サイトへもどる

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

サイト内検索

アメリカの留学先で、先生の講義がまるでわからない!

———今から30年以上も前だと、留学は大変だったのでは?

アメリカの大学院に行こうと思ったらGRE(Graduate Record Examinations)というテストを受けなければいけないんですよ。3年生ぐらいのときから準備を始めたんですが、GREのテストはその当時、東京と沖縄でしかやってなくて、夜行列車で東京まで出かけていって受験しました。
留学する大学を探すのも、名古屋にあるアメリカ領事館に行ってマイクロフィルムを閲覧させてもらい、何しろコピーなんてないのでいちいちメモを取って、アプリケーションフォームにGREのスコアや必要事項を記入して希望する大学に何十通と送りました。もちろん、お金もないのでどこからか奨学金をもらわなければいけません。一生懸命探して、フルブライト奨学金事業に応募しようとしたら「理系はなくなりました」と言われてガッカリ。途方に暮れていたら、たまたま岐阜薬科大学にロータリー財団に入ってらっしゃる小瀬洋喜先生に推薦していただき、岐阜南ロータリークラブの交換留学生に応募したところ奨学金をいただけることになり、留学が実現しました。

———英語の勉強はかなり前からやっていたのですか?

英語は昔から興味がありましたが、ラジオの「基礎英語」とか「英会話」の番組を一生懸命聞いていた程度です。大学に入ってからESSサークルに入ったりはしたものの、基本的には独学なので、さほど英語力があったわけではありません。

———留学先は、ニューヨーク州にあるオルバニー・メディカル・カレッジですね。ここを選んだ理由は?

それが自分で大学を選ぶことはできなくて、奨学金を出してくれるロータリー財団が留学先を決めるんです。日米交流のための事業だから、日本人のいないところに派遣しなければいけないというので、希望する大学はすべて却下されて、最終的にここに行きなさいと言われたのがニューヨーク州の大学。寒いところは苦手だったのに、冬は極寒のところに派遣されてしまったんです。免疫を勉強したいという希望も出していたんですが、免疫学があって日本人がいないところってまずなくて、本当にもう泣く泣く行った感じでした。でも、人はとても温かで、ロータリー財団の奨学金が1年間だったのですが、2年目以降の奨学金を出してくださいました。

———留学中はどんな苦労がありましたか?

最初、カリフォルニアの大学で1カ月半ぐらい語学研修を受けました。そこでは日本人がたくさんいるので日本流の英語をしゃべっても通じるんですよ。ところが、東海岸に行ったらまったく通じなくて、すごくへこみましたね。
まず講義で教授が何を話しているかがまるでわからない。メディカルスクールなので大学院の学生も医師のコースの学生と一緒に講義を受けて単位を取らなくてはいけないんですが、初めて聞く医学の専門用語の意味がまるでわからない。単位が取れなければその時点で落第ですから、一番前の席に座ってテープレコーダに録音して、帰ってから必死に聞き直して書き写しました。黒板の文字もミミズがはっているような文字で、向こうの人は読めるんでしょうけど私にはわからない。そこで友だちからノートを見せてもらって、テープと突き合わせながら何とか理解しました。
そんな毎日ですから遊ぶ時間や友だちとコミュニケーションをとる時間がまったくない。講義の時間以外は実験しないと研究成果が出ないので、ますます時間がなくなる。だからせっかくアメリカにまで行ったのに、ただ講義に出て実験しているだけで、誰とも会話しないで一日が過ぎるという、そういう日がずーっと続いた感じでしたね。

———ここではどんな研究を?

ウイルス学の研究室で、ワクチンをつくる研究に取り組みました。例えばインフルエンザに感染するときは、ウイルスの膜にスパイクみたいに刺さっているタンパク質が、人の細胞にペタッとくっついて細胞内に侵入するんです。くっつくときに必要なタンパク質を抽出して成分ワクチンをつくる、といった研究で、せっせとウイルスを卵で増やしては、ウイルスを単離して、タンパク質を抽出する毎日でした。

———留学中、アメリカ国内を旅行するということもなく…?

いえ、1回だけ、ちょっとストレスがたまったので、語学研修でカリフォルニアに1カ月半ぐらいいたときにできた友だちのところに遊びに行きました。帰りにボロボロの中古車を買って、西から東まで横断して戻ったんです。たった1人で。
ホテルに泊まるお金がないので、あらかじめ訪問日を決めておくと、一般家庭に泊めてもらえるというプログラムを利用しました。ところが車にトラブルがあって、出発が1日遅れてしまい、予定していた宿泊先にたどり着くために、ロスアンゼルスからデンバーまで、24時間ぶっ通しで走るという無謀なことをしたこともありました。若気の至りですよね(笑)。

留学先のラボで実験中

修士修了証授与式に指導教員と