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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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低酸素がん細胞に着目。光イメージングの技術を駆使し、がんの診断・治療法開発に挑む

———今、先生は生体内の低酸素環境に着目して、それを可視化する研究に取り組んでいます。低酸素の研究に進んだきっかけは?

京大で助手をしていたとき、腫瘍放射学の研究室との共同研究をサポートする機会がありました。そのとき、一緒に仕事をした放射線科の平岡眞寛先生が基礎研究に興味のある方で、その先生から、がんをやっつけるため放射線を当てても低酸素の状態のがんはなかなか死なない。何とかやっつける方法を考えてほしいと頼まれたんですよ。

———低酸素の状態のがんというのは…?

地球上の生物が生命を維持するためには、酸素を使ってエネルギーをつくることが必要です。ところが、がん細胞は低酸素状態であっても生き延びることができ、また、そういう低酸素状態にあるがん細胞ほど治療抵抗性で悪性化しやすく、浸潤・転移・再発の温床となります。

腫瘍の切片。中央部は酸素・栄養不不⾜足で壊死しており、壊死領域周辺の茶色く染色された箇所が低酸素環境

———がん細胞は、酸素が少なくて死んでしまうわけではないんですね…。それで、放射線を当てても治療効果がないというのはなぜなのでしょう?

放射線治療では、放射線ががん細胞のDNAを傷つけることによってがん細胞を死滅させるのですが、このとき直接DNAを傷つけるほかに、細胞内の酸素を活性化させてDNAを傷つける力を強めているのです。したがって、がん細胞が低酸素状態にあると放射線の効果が著しく弱まってしまいます。同様に、抗がん剤の多くも活発に細胞分裂をしているがん細胞をターゲットに損傷を与える仕組みなので、低酸素では効果を発揮できないのです。

———低酸素状態のがん細胞は、それまでも注目されていたのですか?

実は研究を始めた当初は私も知らなかったんですよ。シャーレの中のがん細胞だと、抗がん剤を投入すればものの見事に死んでしまいます。ところが実際の生体の中は全然違っていて、腫瘍組織は不均一な細胞集団と環境で構成されていて、酸素分圧も違うし、細胞の性質も違っていて、抗がん剤で死ぬのはほんの一部でしかありません。解析する手法や材料に関する情報がほとんどなく、「がんとハイポキシア研究会」を立ち上げて、同様の研究を行っている研究者を集めて情報交流を行う場を作りました。情報交流は大事ですね。
それまではシャーレでがん細胞を扱っていたのですが、それではだめだとマウスを使ったin vivo(生体内)の研究にシフトを変えたものの、生体の中の腫瘍の様子を知ることは難しかった。ちょうどそのころ登場してきたのが光を使ったイメージング技術です。この技術を使って生体内の低酸素環境を可視化できないかと研究を始めたわけです。

———低酸素状態にある細胞だけを光らせて可視化させるんですね。どんな仕組みを開発したのですか?

ひとつ手がかりとなったのは、低酸素状態になるとそれに応答して機能を働かせるHIFという転写因子の存在です。その転写因子がDNAにピタッとくっつくと、下流にある細胞死や血管新生、転移などに関係する遺伝子がどんどん出てきて、酸欠になっている細胞を助けるんです。この転写因子が使えるのではないかと考えました。
そこで、HIFに結合するとホタルのように光るレポーター遺伝子をつくってがん細胞に人工的に導入することで、正常細胞を傷つけることなく、低酸素状態のがん細胞の量や活性をリアルタイムに捉えることができるイメージング法を開発しました。その後、検出感度を上げたり、2次元だけでなく3次元でも解析するなど、さまざまな手法を使って、新たなマウスモデルを開発しています。

さまざまな腫瘍モデルでHIFを可視化したもの

2016年には電気通信大学の牧昌次郎助教と丹羽治樹教授らとの共同研究で、体内深部からの発光シグナルを感度良く観察することができる近赤外光を産生する基質Aka-HClの開発に世界で初めて成功。肺がんモデルマウスに、これまで一般的だった基質と新開発の基質を投与し、発光イメージングでがん細胞を可視化したところ、Aka-HClはこれまでの方法では検出されなかった小さな病変も検出できた

———イメージングだけでなく治療薬の開発にも取り組んでいますね。

低酸素になっている部位を外から見ることができるなら、そこに投与して効果をあらわす薬も開発できるのではと研究を進めています。すでに低酸素状態のがんに特異的に作用する薬の開発に成功していて、がん治療への臨床応用をめざしているところです。

———今後さらに追究していきたいテーマは。

先ほど深部まで見えるイメージング技術を開発したことをお話しましたが、それを使えば腫瘍の中に侵入してくる免疫細胞や間質系の細胞が可視化できます。どの時期にどんな細胞が侵入してくるかを分析することで、腫瘍抑制の仕組みもわかるのではないかと…。最後のあがきですけど。
でも免疫や生体の応答は難しいですね。いろいろな細胞がおのおのシグナルを出してコミュニケーションをとっていく。社会と一緒ですよね。一人ひとりが互いにコミュニケーションしながら行動を決める。細胞もまわりとコミュニケーションをとりながら独自の働きしています。それをいかに明らかにしていけるか。
人間のからだの中って、まだまだわからないところがいっぱいある。研究するタネはたくさんあって、若い人の出番ですよ。

———最後に若い人へのメッセージを。

若い方たち、いろんな可能性がありますよね。昔の私たちみたいに制限されているわけでもないし、やろうと思ったら何でもできる。思いきり自分のやりたいことができる時代なので、まずやりたいことを見つけて、それに向かって全力で突き進んでもらいたい。
もちろん、やりたいことをやるといっても、ブレたり、挫折したりすることもあるでしょう。でも、苦労を経験することも大切。苦労して手に入れたものって大事だし、それが力になって次のステップに上がることもできます。「ピンチはチャンス」と思って、チャレンジする気持ちを大事にしてほしい。何か困難があったときに、それをどうやって乗り越えたか、その経験が自分にとっての宝物になります。
今でも女性が研究者としてやっていくのはなかなか大変ですが、もしも「たぶんできないだろう」とか、「やってもたいしたことないだろう」って思われていたら、むしろそれをチャンスだと捉え、期待以上の成果を上げれば、必ず次の道が開けるものです。

(2018年9月6日更新)