公益財団法人テルモ生命科学振興財団

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

精子細胞が動く映像を学会で発表。その日から人生が変わった

———精子を作り出す幹細胞に取り組むにあたって、先生がどんなアプローチで研究を進めたか、わかりやすく教えてください。

精子幹細胞については、教科書に書いてある定説がありました。幹細胞は「ニッチ」と呼ばれる決まった場所にいて、分裂するときには一つの幹細胞と一つの分化細胞が生まれると考えられていました。しかし、この定説は、精巣の中の幹細胞の動きを直接調べたわけではありません。精巣をスライスして顕微鏡で見ているわけで、細胞はすでに死んでいるんです。時間を生きているのが生物なのだから、本当のことを知るには時間を追って調べる必要があります。そこでぼくは、精巣の中の幹細胞一つひとつのふるまいを、時間を超えて追跡することが不可欠だと考え、行ったのが「生体ライブイメージング」の実験です。

———どんな実験ですか?

ノーベル賞で知られる下村脩さんが見つけた緑色蛍光タンパク質(GFP)を使って、マウスの精巣の幹細胞を生きたまま可視化して、光る精巣幹細胞をマウスの中で連続観察して動画撮影することに成功しました。

———世界でも初めてのことですね。難しくなかったですか?

始めたころは幹細胞でどんな遺伝子が出ているかさえ知られていなかったんです。その遺伝子の探索から始めて、観察に使う道具も手作りするとか、いろいろと試行錯誤しました。8年くらいかかったかなぁ。でも小手先のことをやってもおもしろくないし。
とは言っても、思いついたアイディアはたいていは上手くいかないものなので、簡単ではなかったですね。いろいろ悩みもしました。じっくり取り組ませてもらった鍋島さんには、本当に感謝しています。それと家族。妻も子供達もいつもニコニコしていて、「がんばれー」と応援してくれました。
お金もかかりますしね。とても助かったのは科学技術振興機構(JST)の“さきがけ研究”に採用してもらったことです。「認識と形成」領域(2000-2005年)です。生殖細胞の論文は一報も書いていなかったのですが、「幹細胞のムービーを撮りたい」と申請したのを採用していただきました。この資金のおかけで試行錯誤がたくさんできました。最初のうちは3時間しか見られなかったのが、約3日間にわたって観察できるようになったんです。研究総括の江口吾朗先生(当時熊本大学学長)やアドバイザーの坂野仁さん(当時東京大学大学院理学系研究科教授)はじめ、お世話になった方々には感謝しかありません。ぼくと同じくらいの研究者がたくさんいて、みんなで厳しく鍛えられました。「江口塾」のさきがけ仲間はとても仲が良くて、今でも毎年欠かさず集まって研究会をやっているんです。プログレスレポート(進捗報告会)ですね(笑)。

2013年、さきがけ「江口塾」。前列右より4人目が江口先生(6人目が吉田)

———ライブイメージングの動画を見てわかったことは?

精巣では長期間にわたってたくさんの精子が作られています。それでも精子が尽きることがないのは、精子のもとになる細胞である幹細胞が自己複製を行って保たれているからです。従来、マウスの精子形成は、1つの細胞質に1つの核をもった少数の細胞だけが自己複製を行うことで支えられていると考えられていました。普通、細胞分裂を起こすときには細胞が完全にちぎれて2つになりますが、マウスの生殖細胞の中には、完全にはちぎれず、2個、4個、8個、16個と連結したまま倍々と増えていくものがあります。こうした数珠つなぎの細胞は“精子のもと”である自己複製の能力を失って、分化することが運命づけられているというのです。これが1971年に提唱されて以来、みんなが信じてきた定説です。
ところが、ライブイメージンングで生きたまま観察すると、連結した細胞がちぎれることがある。ちぎれると分化の段階を後戻りして、自己複製するようになると考えられました。これは、それまでの定説とは違う発見でした。

(上)長く定説となっていた、1971年に提出されたモデル。一つの核を持つ細胞(As細胞)だけが幹細胞とする。
(下)吉田らが提唱しているモデル。数珠つなぎになっている細胞がちぎれることで、単核の細胞とともに幹細胞プールを形成する。

数珠つなぎになった4つの細胞から、一番上の一つがちぎれて単核の細胞が生まれるところを捉えた生体ライブイメージング(Hara et al., Cell Stem Cell 2014より)

———それを発見したとき、ほかの研究者の反応はどうでしたか?

アメリカの科学雑誌「Science」に幹細胞のライブイメージングを発表したのは2007年ですが、その前年の06年10月に、アメリカのニューヨーク郊外のコールドスプリングハーバーで生殖細胞の学会があったんです。そこで動画を見せながら発表したら、参加した研究者のみなさんがとても喜んで受け入れてくれました。その日、ぼくの人生は変わりましたね。
発表する前はだれもぼくのことなんか知らなかったのが、「これが、細胞がちぎれているところです」と動画を見せたら、もうあっという間に友だちになった。それまで知らなかった人からメールが届いたり、いろいろな人のところに呼ばれたり、遊びにきてくれたりということが一気に始まりました。サイエンスの世界っていいなと思いました。

2006年コールドスプリングハーバーでの発表直後、演台でディスカッション(左より2人目)
撮影:同行した学生の中川俊徳さん(現・基礎生物学研究所助教)

———世界の研究者との出会いの中で印象に残っているのは?

たくさんの研究者から、いろんな刺激をもらっています。ぼくの研究に直接強い影響をくれた人としては、ケンブリッッジ大学(イギリス)の理論物理学者のBen Simonsさんですね。共同研究をやってもう10年になりますが、彼との出会いはぼくの研究の一つの転機となっていますね。

———どんなきっかけですか?

パルス標識という方法で幹細胞の運命を調べていたところ、予想に反して、一つ一つの幹細胞がてんでバラバラの運命をたどることがわかったのです。ある幹細胞は分化した細胞をたくさん作り、ある幹細胞は分化細胞は作らず、せっせと自己複製に励んでいるという具合です。整然と自己複製と分化細胞を生みだす、という幹細胞のイメージとはまるでかけ離れたものでした。
バラバラのままの生データを、そのまますべて示した図を論文で発表したところ、あるとき突然、メールが届きました。「あなたの論文を読んだ。いい論文でおもしろい。論文からデータを抽出して私たちなりに解析をしたところ、あなたたちが見つけていないことを発見した」と言うのです。それがBenとのファースト・コンタクトでした。
Benのような物理学者にとって、私たちが示したバラツキというのは非常に興味深いことなんです。ある現象が揺らぐことで現れるのがバラツキで、その分布の形が隠されたメカニズムを解くカギになるんですね。彼らにとっては“ご馳走”というわけです。

———そこから共同研究がスタートしたのですか?

それまで面識はなかったけれど、Benがすごくいい仕事をほかの分野でやっていたことを知っていたので、「あっ、この人だな」と思って共同研究が始まりました。初めのころは、英語の上に物理学ですから、電話で話をしても何を言っているのかさっぱりわかりません。時間はかかるし大変でした。今はもうツーカーの関係で、いろんな話をして、一緒に論文を書いたりしています。
彼との共同研究で明らかになったのは、1個1個の幹細胞は気まぐれでランダムにふるまいながらも、カオスに陥らずに安定した秩序を保っていることです。全体としては自己複製と分化がバランス良く保たれる。精子が作られる精細菅1 mm あたりの幹細胞の数は、どの個体のどの部分を見ても、32~34 個と一定に保たれているのです。

わかりやすいたとえで言えば、1964年の東京オリンピックの開会式での日本の入場行進では1人1人が整然と隊列を組んでまっすぐ歩いているけれども、最近のオリンピックでは1人1人バラバラに歩いていますよね。だけど集団としてはきれいにまっすぐ行進している。あれと同じですね。物理学者に言わせると、1個1個がバラバラなほうがむしろ集団としてはしなやかで強くなるそうです。そういう発想はそれまでのぼくにはなかった。細胞の見方というか、生き物の見方を変えてもらったとBenには感謝しています。

Ben Simonsさん(前列中央右)を迎えての研究室セミナー(同左が吉田)

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