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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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「何でもいいからおもしろいことをやれ」

———鍋島先生とはどんな縁で?

何人かの先輩が鍋島さんのところに行っていて、一緒についていくとすごく明るいオープンなラボで、いろいろな話ができる雰囲気にひかれました。

———現在の先生の研究テーマに取り組むようになったきっかけを教えてください。

97年に鍋島さんが大阪大学の教授になって、そのときに助手にしてもらいました。それで、これは本当に鍋島さんに一番感謝していることなんだけど、「何かやれ。何をやってもいいけれど、おもしろいことをやれ」と言ってもらったんです。
確かに骨格筋の研究はおもしろかったけれど、枠組みが出来上がっていた分野でもある。今までやったことのないテーマですが、生殖細胞の研究をやろうと決めました。

———なぜ生殖細胞の研究だったんですか???

突拍子なく聞こえるかもしれませんが、ぼくなりに理由があって、大学院生のときに取り組もうと思って難しいからとやめたES細胞とつながっているんです。ES細胞は体のすべてになれる細胞であって、個体のもとになるわけですよね。それって、卵子と精子とが出会い、どうやって命がつながって体ができるのかということと共通するテーマなんです。親から子へ、遺伝情報が正しく伝わる秘密を知りたいということで、マウスを使って始めました。

———メダカやショウジョウバエではなく、マウスを研究対象に選んだ理由は?

当時はショウジョウバエを使った、生殖細胞や幹細胞研究が圧倒的に世界をリードしている時代でした。鍋島さんのラボにも、ショウジョウバエを使った研究をやっている人が何人もいて、ぼくにとってもなじみがあったのは確かです。でもちょっと俗っぽい言いかたですけれど、ショウジョウバエの生殖幹細胞研究がすでに盛んなときに、今からやっても勝てないな。せっかくだから別の道を行こうと、マウスを対象にすることにしたんです。
マウスの生殖細胞研究では、松居靖久さん(現・東北大学加齢医学研究所教授)が胚発生の初期に現れて将来卵や精子になる「始原生殖細胞」から、ES細胞によく似た全能性を持つ「EG細胞」を樹立されていました。生殖細胞がどのように生まれてどんな性質を持っているかの研究は当時の大きなテーマとなっていましたね。この分野はそれからもすごく発展して、斎藤通紀さん(京都大学大学院医学研究科/医学部 機能微細形態学教授)たちが活躍されています。それ以外にもいろいろな興味深いネタが転がっていて、そのなかでぼくがおもしろいと思って選んだのが、精子を作り出す幹細胞についての研究です。

———生殖細胞はまったく未知の領域です。不安はありませんでしたか?

鍋島さんから「やりたいことをやれ」と言われていましたし、お師匠さんがいない分、今までのやり方を知らないから、むしろ自由に発想できるのではないかと思ってました。それに、骨格筋の研究から学んだことからも、すごい影響を受けているんですよ。

———どんな影響ですか?

ノーベル賞を受賞した京都大学の山中伸弥さんは、2006年、4つの遺伝子を入れることで多能性を持つiPS細胞が生まれることを見つけたのですが、それ以前に、たった1つで骨格筋を作ることができる遺伝子が見つかっていました。1987年に見つかった、「MyoD(マイオディー)」という遺伝子発現を制御する転写因子です。筋肉には、タンパク質のアクチンがあって、ミオシンがあって、そういうものが全部そろって筋肉になるというイメージを多くの人は持っていましたが、MyoDが1つあればたくさんの遺伝子を同時にオンにして筋肉を作ることができるのです。

山中さんが見つけた4因子も遺伝子発現を制御する因子です。山中さんの発見は間違いなくすごいことですが、それより20年も前に1つの遺伝子だけで筋肉を作るということがわかっていたのもすごいことですよね。この発見によって筋肉の研究はガラッと変わったんです。
もうおわかりかもしれませんが、ぼくは生殖細胞のMyoDを見つけようというところから研究を始めたんです。当初はもちろん生殖細胞のことはあまり知りませんでしたが、遺伝子ということであればどの細胞でも同じように研究できるので、特にハンデも感じませんでした。