公益財団法人テルモ生命科学振興財団

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

脳磁図の研究に取り組む

———超伝導を使った脳磁図の研究を始めたそもそものきっかけは何だったんですか?

医者になった1年目その秋に、日本てんかん学会に初めて参加しました。学会自体はさほどおもしろいとは思わなかったのですが、たまたま立ち寄った書籍販売コーナーで、米国の先生が書いた書籍が目に留まりました。その本の最終章のタイトルが、「てんかん診療には新しい未来がある」でした。そこには「脳から発生する弱い磁場(脳磁図)を超伝導のセンサーを使って計測できるようになった。てんかん診断に役立つかもしれない」と記されていました。文献を調べたところ、アメリカのUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の研究者が超伝導センサーで脳磁図を計測しててんかんの診断を行ったという論文を見つけることができました。
後日、新人研修中だった国立仙台病院脳神経外科の勉強会で、その脳磁図の論文のことを紹介しました。当時、スタッフだった小川彰先生(岩手医大理事長・学長)が、「それ、おもしろいから、おまえの研究テーマとしてやってみたら?」とおっしゃったんです。
先輩のひとことって大きいですよね。当時、日本で脳磁図研究をしている医師はいませんでしたが、「誰もやっていないことをやってもいいんだ」と、飛び込む決意をしました。

———この脳磁図研究へのチャレンジが、先生にとってのターニングホイントになったわけですね。

脳から出る磁場は地磁気の100億分の1以下という極めて微弱なものですが、超伝導技術の発達によって超伝導センサーで検出が可能になってきていました。この精度で計測した脳磁図を使うと、さまざまな脳の活動部位をミリメートル単位で推定でき、てんかんの診断に非常に役に立つのです。現在はこの検査はすでに実用化されていて、保険診療に組み入れられるまでになっていますが、当時は日本では医療関係者はまだ注目していませんでした。

———自分で研究の道を切り開いていくしかなかったんですね。

研究を始めようと思い立ったのが1987年で、28歳です。以来、脳磁図の装置開発・基礎研究・臨床応用研究をライフワークとしてきました。ありがたいことに東北大学は理工系が強く、大塚泰一郎教授といって、超低温や超伝導の研究では大変に高名な先生がいらっしゃいました。さっそく門を叩き、そこでいろいろ手ほどきを受けることができました。その後、茨城県つくば市にあった電子技術総合研究所(電総研、のちに産業技術総合研究所に再編)で自前の超伝導素子を作っている、という情報を大塚先生からうかがい、「一緒に研究したらどうか」と紹介していただいたのです。そして「押しかけ研究者」として加えてもらうことができました。

———「押しかけ」というと・・・?

とにかく研究させてくださいということで、そこからの収入はゼロです。当時、結婚したばかりで長男も生まれていましたが、妻と長男は仙台に残し、つくば市に3畳一間のアパートを借りての生活が始まりました。さすがに半年経ったころ、収入がなくてはかわいそうだと思われたらしく、大学の医局の先生たちが、千葉県の病院勤務を世話してくれました。昼間の勤務が終わると、千葉から1時間半、車を飛ばしてつくば市まで行き、深夜に実験する毎日です。正直、昼間の勤務中は、こっそり昼寝をしていたこともあります。でもこの時の苦労のおかげで、脳磁図に関する論文が発表でき、研究費ももらえて、東北大学病院でも脳磁図が計測できるようになったのです。

———実験ではどんな苦労がありましたか?

当時、脳機能のマッピングのためには開頭手術が必要でした。私は、頭を開けることなく診断できれば世の中のためになるという思いで実験を繰り返したわけですが、脳の神経活動に伴って発生する磁場というのは非常に微弱で、昼間はノイズが入ってダメ。実験を行うのは夜中の12時すぎから、しかも1チャンネルで頭部全体を調べるため、1人の被験者で何週間もかけて測定しなければならず、かなり大変でした。脳の信号の発生部位を計算するには頭部の広い範囲を計測しなければ意味がないので、1チャンネルの装置の場合、測定点を次々に変えながらの検査が必要でとても時間がかかるのです。そのうえ、当初は夜中でも変なノイズが入りました。原因を探ったところ空調機のノイズで、それを入れないために、実験の間、館内の空調を全部止めてもらったり…。

———苦労が続いたのですね。その後、UCLAに留学されますが、留学の目的は?

大学病院では1チャンネルの脳磁計を使っていましたが、今申し上げたように、患者さんの検査を行うには時間がかかりすぎて使い物にならないのです。どうしても脳磁図を臨床応用したいと、UCLAに留学しました。当時UCLAは、てんかんセンターとして世界をリードしていたのです。脳磁図だけでなく、てんかん診断全般について、またてんかんの外科治療について学べたことが大きな成果でした。中でも、患者さんの脳に電極刺激を与えて脳局所の機能を同定する方法を学べたことは、帰国後にも役立っています。
つらかったのは、留学当初、当時の研究員の標準賃金の半分ぐらいしか収入がなかったこと。超貧乏留学です。1年勤めてようやく倍(それでも標準額=最低賃金)にしてもらい、その1年後には、さらに2倍にしてもらいました。

1989年9月UCLAに留学。7チャンネル脳磁計の前で、恩師Sutherling博士と

———帰国後、UCLAでの成果を生かして、日本で本格的に脳磁図の研究に取り組むことになったのですね。

脳磁図の計測は日本国内でも工学系を中心に数施設で開始されてはいましたが、この研究に着目している臨床医はまだいませんでした。また脳磁計といっても1チャンネルで基礎研究の段階にすぎませんでした。幸い私は、帰国の翌年である1993年には、日本で初めてヘルメット型の多チャンネルの脳磁計を導入することができました。
その後、脳磁図の研究は飛躍的に進んで、東北大学グループとして国際学会が主催できるまでになりました。1998年に開催された国際生体磁気学会では私は事務局長を務めました。2006年には国際臨床脳磁図学会(ISACM)が発足し、選挙で初代理事長に選出されました。自分が研修医のころにスタートさせた研究分野で国際学会を創立したわけですから、これは私にとって本当に光栄なことでした。翌2007年にISACMの第1回大会を仙台近郊の松島で開催することになりました。国内学会の会長経験すらない私が、選挙で選ばれて、いきなり国際学会の理事長になったわけです。大会の準備はもちろんのこと、国際学会の運営方法を作り上げることも大変な仕事でした。それでも第1回は200人を超す参加者と100の演題が集まり、大変に盛況でした。その後、ISACMはさらに大きくなり、隔年開催が続いて発展しています。第1回から数えて10年後の2017年には再度私が理事長に選出され、会長として第6回大会を仙台で開催しました。

2007年8月、松島で開催された第1回国際臨床脳磁図学会

2017年5月、仙台で開催された第6回国際臨床脳磁図学会

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