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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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治る病気であるてんかんへの誤解と偏見をなくしたい

———先生は2010年に東北大学で日本初の「てんかん科」を掲げたそうですね。

命名には覚悟が必要でした。疾患名としての「てんかん」に嫌悪感をいだく方が少なくないので、「患者さんが受診を嫌がるのではないか」と妻も含めて、心配してくれる人たちもいたのです。私としては、それだけ偏見がある病気であるならば、逆に看板を掲げることによって真っ正面から対応を考えた方が近道かもしれない、と思いました。てんかんは治る病気であり、最新の診療法とてんかん診療の進歩を、患者さんにも医師にもそして一般の人にも、もっと広める必要があるのですから、疾患名を隠すような名前ではダメだと思ったのです。
名前を掲げたものの、最初は予算もなく、人員もなく、装置もありませんでした。何もない大きな部屋に、とりあえずエスプレッソマシンを導入したのが、就任2日目でした。コーヒーを目当てに学生さんでも遊びに来てくれないかな、くらいの気持ちで。不思議なもので看板の威力は大きく、次第に応援してくれる人たちが増えてくるのですね。今ではこの部屋は、「てんかんカフェ」と呼ばれています。医師や臨床検査技師、心理士や学生などが大勢集まって、がやがや仕事をする部屋になっていますし、多職種連携による症例検討会も、このカフェで開催しています。

「てんかんカフェ」と呼ばれる研究室では、長時間ビデオ脳波モニタリング検査の解析や、脳磁計を開発する企業などとの共同研究の打ち合わせ、さらには遠隔会議システムを用いた国内外の複数の病院との合同の症例検討会が開催されている。

外来診療で最初に開始したのが、新患の「1時間外来」です。初診の患者さんに対して最低1時間をかけるというものです。個性のある発作の症状を聞き出す問診や、患者さんが抱えている悩みをとらえるには、どうしても時間が必要なのです。
入院診療で最初に目指したのは、「長時間ビデオ脳波モニタリング検査」の導入です。この検査では、3泊4日、ビデオと脳波をとり続けます。発作の瞬間の異常をとらえたり、発作がないときにも出現する微細な脳波異常をとらえて、外来診療では不可能だった詳しい診断をつけるために実施します。また入院中の心理士による検査や評価、そしてカウンセリングも役立ちます。入院検査が終了すると翌週には医師や臨床検査技師、心理士、薬剤師、看護師、ソーシャルワーカーなどの多職種が集まって「てんかん症例検討会」を開催し、患者さんの治療方針を多面的に検討します。私たちの目標は、患者さんの「発作ゼロ、悩みゼロ、不安ゼロ」ですが、これを達成するには医師だけではダメで、多くの職種のチームワークが必要です。

———てんかんという病気については誤解も多いし、偏見もありますね。

てんかんというと、いまだに画一的な見方をする人が多いのが実情です「全身けいれんで倒れて、口から泡を吹いている」だけが発作と誤解している人もいますし、「大変な病気で治療法はない」という誤解や、「親から子供に遺伝する」という誤解もあります。
実際には、てんかんは赤ちゃんから高齢者まで何歳からでも誰でも発症しうる疾患です。人口の1%、日本では100万人がかかる「ありふれた病気」といえます。治療法は日進月歩で、多くの場合、抗てんかん薬で発作を抑えることができます。薬がダメでも手術で治る人も少なくありません。仮に発作が残っていたとしても、発作の時以外は通常の就労も可能なのです。

———それでも理不尽な差別が残っている。正しい知識を持ってもらうための啓発活動が大切ですね。

啓発はもちろん必要です。しかし忘れてはならないのは、患者さんが自分自身で勉強することです。どうしても医師に頼りきってしまう患者さんが多いのですが、自分の人生なのですから、自分のてんかんには誰よりも詳しくなってほしいと思っています。

2015年2月てんかん科5周年。国際的てんかん啓発活動「パープルデー」の広告用に撮影
パープルデー(Purple Day):てんかんをもつ人への応援のメッセージを込め、世界各国の人が「紫色のもの」を身につけて、さまざまな啓発活動やイベントを展開する日

———先生はツイッターでも積極的に発信なさっています。

ツイッターは患者さんの教育と、社会の啓発という二つの目的で発信しています。
仕事を求めている人がハローワークに「てんかんだけど働きたい」と相談に行ったら、雇用の専門家であるはずの職員から「てんかんなら、何も働かなくても障害者年金でももらえばいいではないか」と言われたそうです。「それはないでしょう」と私がツイッターでつぶやいたら、全国から「うちも」「うちも」というツイートがたくさん寄せられました。それを聞いて、絶対に啓発活動に力を入れなければと、アドレナリンが出ましたね。
そこでまず、ハローワークの職員研修会に「押しかけ講師」のお願いをしたのです。講演を終えたところ、ベテラン職員さんが、「これまで、てんかんの人が来ると、私も仕事をしたらダメだと言ってきました」と謝罪してくださいました。

フォロワーは7000名を超える

———先生が書いた本への反響も多いのでは?

見知らぬ女性から「先生ありがとうございます」とお礼を言われたことがありました。私の同僚が診療して、発作がとまり、経過が良好な方です。その方が「私、今度結婚するんです」と言うんです。話を聞くと、夫になる人のご両親が、彼女がてんかん持ちだということですごく不安がっていたんだけれど、私の本を買ってご両親に読ませたら、「応援するよ」と言ってくれたそうです。うれしいですよ、こういうの。

———ほかに最近、うれしかったことはありますか?

ある大手企業に、てんかんの講演会をやりたいので会場としてホールをお借りしたい、とお願いに行きました。病院名の趣意書を受け取った担当者が、なんとてんかんの患者さんだったのです。その人は自分がてんかんであることを内緒にして会社で働いていたのですが、啓発活動の趣旨にすごく感激してくれて、会社に対して自分の疾患名を告げたのです。もちろん、講演会は大成功でした。その方が中心になって精力的に準備をしてくれたおかげです。

———てんかんに対する偏見や差別をぜひともなくしていきたいものですね。最後に若い読者に進路についてのアドバイスを。

当時の自分を考えると、「将来、何をしたい」とか、「どんな職業に就きたい」といったことを具体的に考えるのは、高校生の知識では無理だと思います。職業の種類だって知らない人が多いでしょう。でも、何になりたいかはわからなくても、自分探しのための勉強はどんどんしたほうがいい。受験勉強のように机に向かってすることだけが勉強ではありません。考えながら若い時代を送ること、すべてが勉強です。「若い時の苦労は買ってでもしろ」という言葉は、本当だと思いますね。一見、無駄や遠回りのことであっても、いろいろなことにトライしているうちに、自分の向き不向きがわかってくるものです。
よく「不得意科目を克服せよ」、などと言いますが、得意なものを伸ばすほうがはるかに効率がいい。それから、いろいろなことが得意だという人もいますが、あまりあちこちを伸ばそうとすると器用貧乏になります。複数の得意技があってもよいのですが、なかでも一番得意なことに集中できる人生であれば、その人にとってそれが一番幸せだと思います。「自分はこれが一番好きで得意だ」を、早く見つけた人は幸せです。もちろん、時間をかけて見つけていくのも大切なことです。

「てんかん学分野」の看板の前で

(2019年3月1日更新)