公益財団法人テルモ生命科学振興財団

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

ダメならきっぱり研究やめる覚悟での独立宣言

———帰国後は本庶研の助手となったわけですね。

本庶先生からは「医化学教室というのはとても歴史のある教室で、今まで女性でスタッフになった者はいないんや。お前が初めてだから、やっぱり女性はだめだって言われて、あとの女性のチャンスをつぶすようなことはするな」と言われました。

———それはけっこうプレッシャーのかかる言葉ですね。その後、先生は本庶研に7年間在籍し、助手から講師、さらに准教授になったあと2010年に長浜バイオ大学の教授に就任されます。本庶研から独立して研究室を主宰するに至ったきっかけを教えてください。

独立しようと思ったきっかけの1つは、本庶研での仕事や実験をやりすぎて、3カ月間、休職せざるを得なくなったことです。実験のしすぎで、肩こりから頭痛がきて、目が開かなくなってしまった。さすがにもう46、7になって、気力だけはあるけれど体力がついていかなくなって、休職中の3カ月間にいろいろ考えました。
もう一度医者に戻ろうかとも思いましたが、少しずつ元気になってきたときに頭の中に浮かんできたのは、あのマウスはどうなったのだろうとか、留学してきてくれていたポスドクはどうしているか、彼にちゃんと論文を書かせなければとか、そういう思いがムラムラと湧いてきて、ああもう私は麻酔科医には戻れないなと思って、それで本庶先生のところに行きました。
2010年1月のことです。「4月から自分の研究室を持とうと思います。もしも3月末までに行く先が決まらなかったら、きっぱり研究をやめます。その覚悟で独立します」と申し出ました。
そのころ子どもはまだ親がかりでしたので再就職先は近畿圏でと考え、教授を公募していた長浜バイオ大に応募し、ポストを得たのです。

———長浜バイオ大ではどんな研究に取り組んだのですか。

京大にいたころから、抗体のうち、粘膜部分で活躍するIgA抗体に着目していました。IgA抗体は体を守るために絶対にいいことをしているに違いない。IgA抗体をうまく利用すればきっと薬になるはずだと考え、腸管免疫から分泌されるIgA抗体が腸内環境をどのように制御しているか、そのメカニズムを解き明かそうと考えました。

———そもそもIgA抗体に興味を持ったきっかけは?

一番初めは大学院の1年生時代、alyマウスを使った研究をしていたときです。alyマウスは腸にIgAがなく、全身でIgAができなかったのです。そのころ、消化器粘膜学会という国際学会が東京であって、粘膜免疫の報告を聞いてとても面白いテーマだなと興味を持ちました。

———IgA抗体と腸内環境についてわかってきたことを簡単に教えてください。

腸粘膜で分泌されるIgA抗体を1種ずつ分離して研究を進めたところ、そのうちの一つのW27抗体が、多くの種類の腸内細菌に一番強く結合し、悪玉菌の増殖を抑える機能があることを突き止めました。また、腸内の常在細菌が異常に増殖してリンパ増殖性疾患を起こしているマウスにそのW27抗体を経口投与することで、腸内細菌叢が改善するといった効果があることもわかっています。

W27抗体を経口投与された腸炎マウスの大腸組織は健康なマウスと同じになった

———腸内細菌叢と健康は大きな関係があるといわれていますから、IgA抗体が腸内環境を制御するメカニズムが詳しくわかれば、病気の予防など期待できそうですね。

今の医療は体の中のいろんな分子をいじって無理やり変えようするけれど、本来、体には恒常性を維持しようとする機能が備わっています。腸の中の環境が悪くなって炎症が起こったら、それ抗炎症剤だ、ステロイド剤だと投与すれば、たしかに症状はよくなるかもしれないけれど元の原因が変わらなければずっと同じことが繰り返されることになります。外からの刺激に対して暴れている免疫細胞たちが悪者かといったら、そうではなく、外から来た敵に対して体を守るための反応なのです。だから、彼らをいじめてはいけない、というのが私のコンセプト。
IgA抗体は、粘膜面における病原菌の防御だけでなく、腸内常在細菌にも働きかけて健康な腸内環境の維持に大きな役割を果たします。IgA抗体をうまく使い、その働きを活性化させるような薬ができれば、病気の予防や健康維持に役立つはずだと考えています。

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