公益財団法人テルモ生命科学振興財団

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

就職氷河期でやむなく大学院に進む

———どんな大学生活でしたか?

大学に入ったら遊ぶのに忙しくて、アーチェリー部にフラフラっと入ったけれど、むしろ熱中したのはマージャンです。当時は大学のまわりは雀荘だらけ。キャンパスへは駅から坂を登って行くんですけど、けっこうな急坂で、途中、面倒くさくなって雀荘に入ったらそのまま学校には行かない。そんな生活で、ギリギリで単位を取りました。

———卒業研究はどんなテーマで?

粘菌です。南方熊楠が大好きで、伝記を読んで心酔していました。彼がテーマとしていた粘菌の研究がやれたのがとにかくうれしかった。ただし、彼は真性粘菌の研究が主で、ぼくがやったのは細胞性粘菌というまた違う種類でしたが。

———そのころから研究者になろうと考えていたのですか?

いえいえ、研究者になるつもりはまったくなく、就職しようと思っていました。ところが当時は就職氷河期で、理学部生物学科なんて就職口が全然ないんですよ。そうするとたいがい教員になる人が多いんですが、教職の単位を取ってなかった。仕方がないから大学院へ。もう最悪のパターンですよ。昔、「モラトリアム人間」という言葉がありましたが、自分が何をやりたいか決断できないまま、とりあえずというので大学院に進んだのです。

———大学院は理学系ではなく、医学系ですね。

それも自分の意志ではなくて、偶然というか運命としかいいようがないですね。4年生のときにぼくがいた教室は教授が転出されて不在で、助手の先生に指導を仰いで粘菌の研究をしていたんですが、今度はその先生がアメリカに留学することになり、大学院に行ってもだれも指導してくれる先生がいないという状況になってしまったんです。途中で空いていた教授ポストに、東大から植物の専門家が移ってこられて、「植物をやらないか」と誘っていただいたものの、自分としては動物がやりたかったのでお断りしました。
そうなると行き場がなくなるわけですが、留学することになった先生が、医学部の岡田善雄先生を紹介してくださったのです。

———何がご専門の先生ですか?

細胞融合現象を発見した細胞工学のパイオニアです。ところがあのころのぼくは、どんなにすごい先生か知らずに行ったんですよ。これまた間抜けな話、というか失礼な話ですが。当時、岡田先生は阪大の微生物病研究所にいらっしゃって、もともとウイルスの専門家なんですが、センダイウイルスというウイルスの研究で、世界で初めて細胞融合現象というノーベル賞級の大発見をされたんです。ぼくはね、ずっと先生に恵まれています。それも偶然に。

———すごい大先生だったんですね! どんな先生でしたか?

海軍兵学校を出て、戦争で死ぬと思っていたのが終戦になり、「科学は平和だからこそできるんだぞ」と常々おっしゃっていました。高野山に籠もって修行をするなど深い哲学をお持ちでした。研究については、当時は細胞をすりつぶして成分を取り出して調べる生化学の手法が当たり前でしたが、岡田先生は、「それだけでは細胞は見えてこない、生きたまま見ることが大事だ」と、よくおっしゃっていました。
岡田先生のすごいところは、ただ見るのではなく細胞融合などいろいろな手段を使って細胞に介入して反応を見ようとしたことです。それによって、細胞工学という新しい概念を築かれたのです。

———研究室の雰囲気はいかがでしたか?

岡田先生はあまり細かく指導はなさらず、もっぱら先輩たちがやっていることを見ながらけっこう自由にやらせてもらいましたが、先輩たちがすごく楽しそうなんですよ。優秀な先輩が多くて、論文が「ネイチャー」などにどんどん掲載されていた時期でした。世界のだれも知らないことを見つける研究のおもしろさを実感したのが、ここでの毎日でした。研究者をめざそうと思うようになったのはこのころからです。
修士が終わるころにバイオブームが到来して、就職しようと思えば企業に行けたんですが、もう就職する気持ちはなく、そのまま博士課程に進みました。当時すでに結婚していて、働いている妻に養ってもらった。要するにヒモですよ。

大学院修士2回生時代

———岡田研ではどんな研究をなさったのですか?

岡田先生が発見した細胞融合によってつくられるモノクローナル抗体を使って、タンパク質の機能解析を行っていました。その研究に夢中になっていた博士課程の途中で、岡田先生から関西医科大学の助手の口を紹介され、そこで田代裕教授にお世話になることになったのです。

———田代先生はどんな研究をなさっている方だったんですか。

「メンブレントラフィック」という、細胞内の交通網を研究されている方です。私たちの体は37兆個もの細胞でできていて、一個一個の細胞の中にはさらに宇宙が広がっています。細胞の中では、細胞小器官が工場や病院のような機能を果たしていて、小さい膜の袋になっている細胞小器官から他の細胞小器官へと、分泌や生合成などさまざまな機能を担うタンパク質が輸送されるんです。
岡田研でタンパク質の機能解析をしていたとお話しましたが、細胞が血液中の鉄を取り込む際には、鉄と結合したトランスフェリンという血液中のタンパク質が細胞表面にある受容体と結合し、メンブレントラフィックによって細胞内を移動します。その研究をしていたので、この輸送システムにも関心があったわけなんです。

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