公益財団法人テルモ生命科学振興財団

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

ゼブラフィッシュへとモデル動物を変更

———その後、アメリカに留学されますね。どんなきっかけからですか?

やはり同じ研究室にずっといると、テーマ的にも煮詰まってくるというか…。そんなこともあり、それまでの自分を変えたいと思っていたんですよね。ポスドクで留学するというのは、ある意味、新しいスタートだから、思い切って変えるチャンスだと考えました。
それと、海外ってどんな世界だろう?という興味もありました。

———どういう観点でポスドク先を探したのでしょう?

ちょうど「オプトジェネティクス*」という神経活動を操作する新しい技術が登場してきたころでした。画期的な技術で、これを使えば神経科学ですごくおもしろいことができるはずだと確信しました。でも、それまでモデル生物としてきたニワトリでは遺伝学が使えないんです。そこでゼブラフィッシュがいいのではと考えました。

*オプトジェネティクスoptogenetics:遺伝子導入によって、チャネルロドプシンなどの光応答性のタンパク分子を特定の神経細胞に発現させ、その細胞に光を当てることで、神経の働きのオン-オフを光制御する技術。光遺伝学とも呼ぶ

———ゼブラフィッシュのいい点は?

ゼブラフィッシュは成魚が3~5㎝ぐらいの小さな魚です。すでに遺伝学、発生学のモデル生物としてよく使われていて、トランスジェニック動物(人為的に遺伝子を改変した動物)としての作製法が確立されているため、オプトジェネティクスなどの最先端の手法を取り入れることも容易です。そのうえ稚魚が透明なので、脳活動が生きたまま観察できるんですね。脳の神経細胞は約10万個と、マウスの約1万分の1、ヒトの約100万分1という少なさです。シンプルでありながらも、大まかな脳の構造はヒトと共通しているんです。
そこで、ゼブラフィッシュを用いて、オプトジェネティクスを使ったすばらしい研究論文を発表し始めていたカリフォルニア大学サンフランシスコ校のバイヤー(Herwig Baier)教授がいいと考え、「雇ってくれませんか」とメールを出しました。

———バイヤー先生とは面識があったのですか?

バイヤー先生が日本の学会に来て講演される機会があったときに少しお話ししたことがあった程度です。とにかくラボの研究内容がとてもおもしろかったので、ぜひ行きたいと。

———メールを送って、すんなり採用されましたか?

それが大変でした。これまでやっていた研究と分野が近いとか、業績が抜群によければ別でしょうが、まずはどんな研究をしたいか、研究プロポーザル(提案書)をA4判1枚にまとめて送れと言われました。次に、バイヤー先生と親しい理研の先生の面接を受けて、その後アメリカでのインタビューで、ようやくOKとなりました。

———バイヤー先生はどんな先生でした?

論文を読んだときの印象と同じで、すごく鋭くて、論理の組み立てが緻密でスキがないんです。データの細部にこだわる一方で、野心的なビジョンを掲げる、そのバランス感覚が抜群なんですね。ただ人柄はとても穏やかで、弟子のことをしっかり見てくださる、視野の広い先生でした。

———それでポスドク先では、プロポーザル通りの研究ができたんですか?

「その研究をしてもいいが、君はまだゼブラフィッシュを扱ったことがない。ゼブラフィッシュに慣れる意味でも、簡単なプロジェクトがあるからまずはそれをやってみては?」と言われました。「1年で結果が出る」と言われたプロジェクトだったんですが、予想外の方向に研究が発展していって……。
結局、3年半ぐらいかかって新たな仮説の提唱につながったんですけど、当初のその研究の成果がまだ出ないうちに、バイヤー先生がドイツのマックスプランク研究所に移ることになったので、「行くしかない」とドイツについていくことになりました。

———アメリカとドイツではかなり環境も違うのでは?

マックスプランク研究所のあるミュンヘンに移ったのは1月でした。冬はとても寒く、氷点下の気温が1カ月ぐらい続きます。それとドイツに移って2年後の2014年に出産し、子育てしながらの研究生活も大変でした。

———困ったことなどありましたか?

ドイツ語ですね。研究の場ではドイツ語は必要ないんですが、子供の関係で社会とかかわることが増えるとどうしてもドイツ語が必要です。ドイツ語があまり話せなかったので、その点はかなり苦労しましたね。それに保育園も、ドイツでは夏休みとか冬休みが長く、3週間ぐらい休園してしまうんです。

———3週間も休園では仕事になりませんね。どうやって乗り切ったのでしょう?

日本から母親に何度も応援に駆けつけてもらいました。孫と一緒だしドイツで暮らせるというので母親は楽しかったみたいです。

バイヤー研究室恒例のハロウィーンパンプキンカービング(カリフォルニア大学サンフランシスコ校時代)。一番左がバイヤー先生、右から7人目が久保。

バイヤー研究室のメンバーとともに。研究室リトリートで訪れたRingberg城にて(マックスプランク研究所時代)。後列左から6人目がバイヤー先生、前列一番左が久保。

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